【レクチャールームNO.4】

  公開日2005.01.04 更新日2005.10.24  TOPへ 左メニューを隠す 

 あなたが心筋梗塞になる危険度を知る 
2005年1月1日の読売新聞-山口県内版-医療ページの内容の原本となった原稿です。
講師:まえだ循環器内科 前田敏明  
■あなたが心筋梗塞になる危険度を知る■  

2005年2月このサイトは、さまざまなジャンルの専門家が約300におけるテーマのサイト編集長(ガイド)となり、興味深いと判断したサイトを紹介している「All About ( http://allabout.co.jp/ )」の『先端医療』の『ガイドおすすめのサイト』として紹介されています。
他の当院参考サイト
・心筋梗塞発症者 のコレステロール値は一般住民と差がない。
喫煙による冠動脈疾患の発症率 への影響は若い人ほど大きい。
・悪玉コレステロールは心筋梗塞の新規発症の危険因子とし て重要度は低いようだ。
40歳以下は喫煙で冠動脈疾患が5倍になる。
・喫煙の冠動脈疾患発症率への影響 は男性と女性で異なる。
・糖尿病の人はどれくらい心筋梗塞になりやすいのですか? 
・食事と運動でどれだけコレステロールが下がりますか? 
・女性はコレステロールが高くても心筋梗塞になりにくいというのは本当ですか?  
・ コレステロールの新しい常識-(第1回)-(第2回)-(第3回)-(第4回)- 
・【心臓】心筋梗塞の危険度(絶対リスク)は、総コレステロール値単独では評価できない。 2006.03.03記

(1)心筋梗塞の原因はコレステロールだけではない
 心臓病は日本人の死亡原因の2番目で約15%を占めます。その約半数が心筋梗塞などの虚血性心疾患です。あなたは「心筋梗塞になるのはコレステロールが高いからだ」と思っていませんか。これが大きな誤解といえば驚く人は多いでしょう。心筋梗塞や狭心症などをまとめて、虚血性心疾患と呼んでいます。この虚血性心疾患になりやすくする因子を冠動脈危険因子(以下危険因子)と呼び、主要なものに加齢、性別(男性)、喫煙、高血圧、糖尿病、高脂血症などがあります。高コレステロール血症は高脂血症の中の一つにしか過ぎないのです。心筋梗塞の危険性が高いのは、これらの危険因子が多数ある人なのです(図1)。また、危険因子には強弱があります。最近の北海道の調査では、総コレステロールや悪玉コレステロールは、ほかの因子よりも弱いと報告されました。
 「危険因子の有無から、虚血性心疾患の危険度を知る」ことは、予防対策上とても重要ですが、それぞれの危険因子が複雑に作用するので、簡単ではありません。今回、心筋梗塞になる危険度を知る米国版ソフトを日本語版に改訂する一方で、日本の学会で発表された資料からも同様のソフトを開発した前田敏明先生(まえだ循環器内科院長:山口市)に虚血性心疾患の予防について、正しい知識と最近の情報を解説いただいた。

※ここでは心臓病やそのほかの動脈硬化性疾患の診断をすでに受けている人を除外して解説しています。
図1高脂血症以外の危険因子の数と虚血性心疾患の危険度(危険因子が何もない人を1倍としたときの相対リスク)
(2)日本人には総コレステロール値よりももっと重要な危険因子があるとわかった
 心筋梗塞になった人と一般健診の人を対象に、どの危険因子の影響が強いかを調べた研究が北海道で行われ、昨年の動脈硬化学会で発表されました。意外にも総コレステロールやLDLコレステロールが高くても、低くても心筋梗塞の発症率に差がありませんでした。他方で、男女とも低HDLコレステロール血症と高血圧が、最も強力な危険因子と考えられました。今までの常識からはずれた結果が報告されたのです。また、青森県の住民1500人の健診結果を後述するATPIIIの心筋梗塞リスク(危険度)評価ソフトで計算してみても、総コレステロール値単独では心筋梗塞の危険度予測に役立たないだろうとの報告が昨年ありました。ではどんな人が心筋梗塞になりやすいのか、どうしたら予防できるのか、もういちど考え直す必要があるようです。

【各危険因子の特徴】
【各危険因子の特徴】●性差と加齢
 まず、加齢は最も重要な危険因子です。しかし、加齢の影響には男女差があります。女性は女性ホルモンの影響で、動脈硬化性疾患が生じる年齢が高くなるようです。心筋梗塞の危険度は、男性では40歳以前から高まってきます。一方、女性では50-55歳までは特殊な場合を除き心筋梗塞はまれで、頻度は男性の1/6です。しかし、65-70歳になると男性の頻度の1/2にまで較差は縮小します。図2は2001年発表の米国の高脂血症治療ガイドライン(ATPIII)が公開しているソフトを用いて計算したグラフです。高血圧や糖尿病などの合併症がない場合に、年齢、性別、総コレステロール値(TC)の影響で、どれだけ心筋梗塞が増えるかわかります。これでみると、総コレステロール値が220から280mg/dlに増加するよりも、男女差の影響の方がずっと大きいことが分かります。また、同じ総コレステロール値でも加齢とともに危険度が高くなることが分かります。
図2 高コレステロール血症以外の危険因子がない場合の性別、年齢の影響
【各危険因子の特徴】●喫煙と年齢
 30-64歳の日本人男性では一日20本喫煙によって、虚血性心疾患は約2倍になり、40本以上では約5倍になると報告されています。 図3はATPIIIのソフトで計算して描いたグラフです。高血圧や糖尿病などの合併症のない総コレステロール値220-280mg/dlの男性での10年間の心筋梗塞発症率をみたものです。喫煙者と非喫煙者を比較すると、喫煙の影響が年齢によって大きく異なることがわかります。そして、総コレステロール値が280mg/dlの非喫煙者よりも220mg/dlの喫煙者の方が、65歳以下では心筋梗塞の危険度が高いことが推測できます。
 「40歳以下で喫煙すると心臓発作の危険度は男性で5倍、女性では5倍以上になる。また、男性は高齢になると喫煙の影響を受け難くなるが、女性は高齢になっても喫煙により危険度が高くなる。つまり、女性は男性よりも喫煙による影響を受けやすいのだろう」とWHO発表の資料にもとづき、昨年8月にBBCニュースは報道しています。なお、2-3年以上禁煙すれば、心筋梗塞の危険度は非喫煙者とほぼ同じになると言われています。

図3 男性の喫煙の影響は年齢によって異なり、総コレステロールが220から280mg/dlに増加するよりも大きい。
「若いから喫煙しても大丈夫」ということは言えない。年齢と喫煙と中等度の高脂血症以外の危険因子がない人では、高脂血症の治療するよりも禁煙の方が効果がずっと高いと考えられる。

※女性はここでは提示していないが、女性の方が喫煙の影響は受けやすい。

【各危険因子の特徴】●高血圧
 北海道の調査では、高血圧があると男性は約3倍、女性は約6倍も心筋梗塞になりやすいとわかりました。女性の方が高血圧の影響を受けやすいようです。また、高血圧を治療すると心筋梗塞の危険度は低下しますが、血圧が下がっても危険度は正常者よりもまだ高いので注意が必要です。
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【各危険因子の特徴】●糖尿病
 日本人の糖尿病患者の調査(JDCSの6年次中間報告)では、虚血性心疾患と脳血管障害はともに約3倍に増加すると報告されています。また、海外の研究では糖尿病がある人の心筋梗塞発症率は、一度心筋梗塞になった人の再発頻度とほぼ同じと報告されています。日米両国の高脂血症治療ガイドラインでも、糖尿病を喫煙や高血圧よりも一段強い危険因子として扱っています。糖尿病の初期段階から動脈硬化は進んでゆくと言われています。
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【各危険因子の特徴】●総コレステロール、LDLコレステロール、HDLコレステロール
通常、総コレステロール値は、LDL-コレステロール値(悪玉)、HDLコレステロール値(善玉)、中性脂肪値の約1/5(中立)の3つの総和とほぼ同じです。善玉と悪玉の動脈硬化に対する作用は逆であり、中立は影響度が弱いので、その総和は危険因子として、本来あまり役立つ指標となりません。今までは、「総コレステロール値が高い人は悪玉が多い人」となる傾向にあるので、総コレステロール値を参考にしていたのです。しかし、HDLコレステロール値は個人差が大きく、また心筋梗塞から心臓を守る強い働きがあります。いわば「善玉は強いマイナスの危険因子」なので、現在では総コレステロール値ではなく、悪玉と善玉に分けて、心筋梗塞の危険度を評価することが基本となっています。つまり、総コレステロール値だけで、個人の心筋梗塞の危険度を評価してはいけないのです。
 日本人の高脂血症患者約5万人を6年間治療して得られた研究(J-LIT)結果では、悪玉の増加で虚血性心疾患の発症頻度は増加し、逆に善玉の増加で減少することが確認されました。また、同じ変化量で比較すると、善玉の作用は悪玉よりも約2.4倍強かったとあります。図4はJ-LITの資料をもとに作られたJ-LITチャート1から作成したグラフです。総コレステロールや中性脂肪の値はそれぞれ270と100mg/dlと一定にしています。善玉が70と30mg/dlでは、男女ともに虚血性心疾患になる危険度が約9倍も違うことを示しています。
 また、前述の北海道の調査でも、低HDLコレステロール血症は男性では一番目、女性では高血圧に続いて2番目に重要な危険因子となっていました。
 なお、医師が参考としている動脈硬化性疾患診療ガイドラインの使い方にも注意が必要です。ここでは総コレステロール値220mg/dl以上を高脂血症としていますが、正確には220mg/dlは「治療すべき人を見つけるためのスクリーニング値」としています。つまり、「220mg/dlを越えても問題ない人が大勢いる」ことを示しています。実際、J-LITでは合併症のない人の虚血性心疾患が増加するのは総コレステロール値が240mg/dl以上、LDLコレステロール値なら160mg/dl以上でした。また、提示されているのは、「治療が必要な場合の目標値」であって、「薬物治療を開始したほうがよい基準」ではありません。ちなみに日本と違って米国では、薬物療法開始基準が別に設けられています。誤解されている場合が多いので注意が必要です。

図4 総コレステロール270mg/dl(一定)でも、HDL-C値が違うと虚血性心疾患リスクがこんなに違う。
- J-LITの資料をもとに作られたJ-LITチャート1から作成 -

 総コレステロール値を270mg/dlと一定とし、かつ中性脂肪値を100mg/dlと一定として、HDL-C値を変化させて6年間に日本人が虚血性心疾患になる頻度を求めた。HDL-C値30mg/dlの場合は、90mg/dlの時よりも虚血性心疾患になる危険性が男女とも約9倍ことなることを示している。これから総コレステロール値から、個人の虚血性心疾患の危険度評価を行うことが意味のないことだと分かる。

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(3)虚血性心疾患の危険度(絶対リスク)を計算するソフトの活用がお勧め

 虚血性心疾患になる危険度は、ひとつひとつが軽症でも複数の危険因子が重なると急激に高まるという性質があります。総コレステロール値やLDLコレステロール値が高いだけでは、心筋梗塞の危険度はそれほど高くなりません。主要な危険因子は複数あり、互いに影響するために、心筋梗塞の危険度評価は複雑です。このためガイドラインでは単純化して、危険因子の数で危険度を評価しようとしています。しかし、統計学的な手法で作成された危険度評価ソフトを使えば、もっと正確に評価することができると考えられます。
 米国のフラミンガム地方の長期に渡る調査から作成された「10年リスク評価ソフト」やJ-LITチャートによる「6年リスク評価ソフト」は、危険因子を入力することにより「10年間または6年間に、心筋梗塞または虚血性心疾患になる危険率」を簡単な操作で教えてくれます。臨床の第一線で利用すると大変参考になります。ただし、前者は日本人よりも4倍も心筋梗塞が多い米国人の資料であること、後者は高脂血症治療薬を内服中の患者の資料であることを配慮する必要があります。それでも従来の危険因子数による大雑把な評価よりは合理的で、より信頼できるものと思われます。
 同ソフトはまえだ循環器内科のホームページwww.m-junkanki.comから入手できます。ただし、実際の心筋梗塞の危険度評価や治療については、心臓病の予防に詳しい医師とよく相談して下さい。
2005.10.24追加(参考サイト紹介)