【医療ミスを防ぐミニ知識(1)】 
公開日2007.08.17 更新日2007.09.28  HOMEへ(メニューを表示)  メニューを隠す  
このホームページの記事はあくまでも参考に留め、治療方針は診療医師と相談して決めてください。
内容の難易度のレベルは、一般内科医、研修医レベルです。医師以外にはかなり高度な内容です。
目次へ   次へ  前へ 


「これだけは知っておきたい医療禁忌(三宅祥三監修、長田 薫編集 羊土社3,360円)」で取り上げられた題材です。 自分自身も含めて、外来診療における啓発、忠告の意味で「日常診療でうっかりしやすいもの」を一部加筆し、簡単にまとめました。解説した項目は参考書の極一部です。興味のある方は購読してください。薬品名には一般名ではなく、代表的な商品名を使っています。
1)甲状腺機能亢進症=バセドウ氏病ではない。 
 破壊性甲状腺炎でも甲状腺機能亢進症となりうるので、抗甲状腺薬を安易に使用してはならない。
 血液中の甲状腺ホルモンが過剰となる病気が甲状腺機能亢進症だが、甲状腺ホルモンの産生過剰でおこるバセドウ氏病以外でも、甲状腺組織を破壊する甲状腺炎によって、蓄積された甲状腺ホルモンが血液中に漏出するために起こる病態もある。この場合、甲状腺ホルモンの生産過剰が生じているのではないので、甲状腺でのホルモン産生を抑制する抗甲状腺薬は使用してはならない。

2)嘔吐を伴う頭痛発作では、髄膜炎、クモ膜下出血以外にも急性緑内障も考える。 
 緑内障の急性発作で、激しい頭痛や嘔吐が生じることがある。
 緑内障は眼圧が上昇して、視野障害、眼痛を起こす病気である。参考となる病歴や所見としては、「過去の高眼圧の診断を受けている」、「抗コリン薬(ブスコパンなど)・抗不安薬・筋弛緩薬・鎮痛薬の投与を受けている」、「急激な視力低下がある」、「光を見ると周囲に虹の輪がみえる」、「眼球結膜の充血している」、「瞳孔の形が正円形でなく、拡大して、対光反射が遅れる」などがある。

3)頸部のリンパ節腫大を伴う風邪症状の場合は、ペニシリン系抗生物質投与は注意する。 
 日本人の多くは幼少期にEBウイルスに感染し、多くは風邪様症状ですむ。しかし、初感染が青年期以降の場合は、咽頭痛、発熱、全身倦怠などの風邪様症状に加えて、頸部リンパ節の腫大、血液検査で肝障害、異型リンパ球増加ともなう「伝染性単核球症」を発症することがある。この伝染性単核球症にペニシリン系抗生物質のアンピシリンを投与すると著明な発疹をおこすことがある。他のペニシリン系抗生物質(ビクシリン、ペントレックス、サワシリンなど)でも、発疹が多く報告されているが、セファム系(ケフレックス)やジスロマックでも同様な発作の報告があるので注意が必要である。
 なお、細菌による扁桃腺炎に伴う頸部リンパ節炎では、積極的に抗生剤を使う。 ちなみに、痛みをともなわない頸部リンパ節種では、悪性リンパ腫や癌転移の可能性がある。

4)急な吐き気や上腹部痛を伴う急性心筋梗塞がある。 
 下壁の急性心筋梗塞では、上腹部痛と吐き気がおこり、初期診断で消化器疾患を間違われることが少なくない。循環器が専門の医師は、中年以降では急な上腹部痛、嘔吐が起こった場合、まずは急性心筋梗塞でないかどうか判断しなければならないことを十分に承知している。なぜなら、急性心筋梗塞と消化器疾患では治療の方針が全く異なり、さらに急性心筋梗塞では治療開始が1時間も遅れると、大きく予後に影響するからである。中年以降の患者さんの上腹部痛では、まずは心電図を検査することから始めなければならない。

5)心電図に異常が出にくい、急性心筋梗塞がある。 
 発症1時間以内程度の超急性期の心筋梗塞や、回旋枝と呼ばれる心臓の表面の背中側に回る冠動脈の閉塞による急性心筋梗塞では、心電図変化がはっきりしないことが少なくない。
 教科書にあるような心電図のST上昇を伴う心筋梗塞は、一般内科医でも心電図で急性心筋梗塞と診断することは困難ではない。その一方で、「超急性期」、「回旋枝の閉塞による急性心筋梗塞」、「早期脱分極のよる正常バリエション」、「BRUGADA症候群型心電図」など診断が難しいものもある。
 このような場合は、どうやって診断するか。
 心電図では、「 以前の心電図を比較する」、「15-20分毎に心電図を再検査する」ことが有用である。また、熟練した循環器医がいる場合は、心エコー検査が極めて有用である。他には、発症の初期から増加するミオシン軽鎖やトロポニンの緊急血液検査が役立つ。鑑別診断すべきものとして、解離性大動脈瘤、肺塞栓症、心筋梗塞以外の心不全などもあることを、常に念頭に置く必要がある。

6)背部痛、腰痛や腹痛は、解離性大動脈瘤や腹部大動脈瘤破裂を疑う必要がある。
 背部痛といえば、背骨(脊椎)の病気を考えがちだ。また、急性腰痛では腰椎やその周囲の筋肉痛が多いが、解離性大動脈瘤や腹部大動脈瘤破裂を見逃すと大変なことになる。
 解離性大動脈瘤や腹部大動脈瘤破裂を疑うのは、年齢、高血圧の有無、マルファン症候群の体型などを参考にする。 とくに腰痛は、ぎっくり腰など緊急性のない疾患と間違えやすいので注意がいる。

7)高齢者の虚血性大腸炎では、下血がなく、腹痛のみのことがある。 
 動脈硬化によって腸の動脈が狭窄または閉塞すると、腸に送られる血液量が急に減少し、部分的に腸に炎症が起こる。これを虚血性大腸炎と呼ぶ。下血の原因として、高齢者では虚血性大腸炎>痔疾患>大腸癌の順に多い。虚血性大腸炎では下血、腹痛、下痢が多いが、下血は後で起こることもあり、下血がないから虚血性大腸炎ではないと言えないので注意する。

8)初期の帯状疱疹は痛みや皮膚の違和感のみで、発疹は後に出る場合がある。
 帯状疱疹は帯状疱疹ウイルス感染症で、赤い発疹、水疱と強い神経痛を伴うが特徴である。 早期に治療しないと強い神経痛を残すことで知られている。現在、早期に使うと効果的な抗ウイルス薬があるので、早期診断が大切である。しかし、発疹が出る前に帯状疱疹と診断することはきわめて困難である。発疹が患者に見えにくい所にあったり、髪の毛で隠れていたりすることもあるので注意する。
  少しでもこの病気を疑えば、あとで発疹がでてこないかよく観察するように、患者さんに説明しておく。

9)初めて糖尿病と診断された場合は、膵臓癌の可能性も念頭に置く。
 糖尿病の家族歴がない、肥満がない、発症間もない糖尿病では、膵臓癌を始め、胃癌、肝臓癌、大腸癌などの続発性の糖尿病も可能性も頭に入れておく。

10)炭水化物の吸収を遅くする糖尿病治療薬(ベイスン、グルコバイ、セイブル)の内服中の低血糖発作は、ブドウ糖以外の糖質では急激な改善効果が期待できない。
 ベイスン、グルコバイ、セイブルは多糖類の吸収を阻害する。そのため、砂糖(2糖類であるショ糖主体)を投与しても低血糖の改善は遅い。この場合、ブドウ糖を与えるべきである。低血糖を起こす可能性があれば、ブドウ糖10gを一包にして、何包か与えておく。市販の清涼飲料水に中にもブドウ糖が含まれるものがあるので、あからじめ調べておくとよい。コカコーラ350ml中には、約13gのブドウ糖が含まれている。なお、ダイエットコークには含まれていない。尚、解説にあった炭酸飲料水をそのまま多量にがぶ飲みすると胃が膨満し、嘔吐の危険もあるので、暖めるなり、よく振るなりして、炭酸を抜いた方がよい。

11)リウマチ反応は特異性が高くない。
 「関節が痛いのでリウマチではないか心配だ」と外来受診される方が多い。この場合、診断のために炎症反応やリウマチ反応の血液検査する。検査結果で、「リウマチの検査は陽性でした」または「リウマチの検査は陰性でした」と説明を受けて、単純に「リウマチである」または、「リウマチではない」と思いこむ患者さんが多い。
  この検査は慢性関節リウマチの参考検査に過ぎず、この検査が陰性の慢性関節リウマチもあり、逆に慢性関節リウマチ以外の病気でも陽性になることが多い。発症初期の特に軽症の関節痛は慢性関節リウマチかどうかの診断は簡単ではない。

12)細菌やウイルス感染による下痢には、下痢止めは使わない方がよい。
 感染性の腸炎では、腸の中に細菌、細菌が産生した毒素(病原性大腸菌O157のベロ毒素が有名)、ウイルスが多量に存在する。下痢止めはこれらの有害物を腸内に停滞させるので、原則的に好ましくない。ブスコパンやロペミンなど腸の動きを止める薬剤は、感染性腸炎が疑われる場合に使ってはいけないと考えてよい。

13)ラックBは牛乳アレルギー患者に処方してはいけない。
 ラックBは乳酸菌発酵により、腸内を酸性に近づけ、下痢や便秘に有用である。
  一方、牛乳アレルギーはカゼインやラクトグロブリンに対するアレルギーと推測されている。ラックBにはカゼインが含まれているので、牛乳アレルギー患者では、アレルギー性のショックになる可能性があり、ラックBを処方してはならない。なお、 牛乳を飲むと下痢する人の多くは、牛乳アレルギーではなく、乳糖不耐症である。

14)胃薬のアルサルミンは、注意事項が多い。
 アルサルミンは胃粘膜保護効果があり、以前より胃潰瘍の治療薬として使われてきた。しかし、アルサルミンには、併用薬剤の吸着作用があり、薬剤の吸収を阻害することがある。とくに、ニューキノロン抗菌薬、ジギタリス、フェニトイン、テトラサイクリン系抗生物質では、同時に服薬してはいけない。
 また、アルサルミンはアルミニウムを含む。吸収されたアルミニウムは脳や骨に沈着しやすい。アルミニウムが脳に沈着するとアルミニウム脳症(認知症) となり、骨に沈着するとアルミニウム骨症になる。他の胃薬(マーロックス、マックメット、イサロン、グルマール)にもアルミニウムが含まれる。アルミニウムはタンパクと結合し、透析ではアルミニウムを除去できない。そのため、これらの薬剤を透析患者に長期投与してはいけない。現在は、安全性、効果がより高い胃薬(制酸剤)があるので、透析患者以外でもこれらを使わない方がよいと私は考える。

15)ニューキノロン系抗菌薬は、解熱鎮痛剤と併用するとけいれんなどの副作用が増加する。
 ニューキノロン系抗菌薬は、尿路感染、気管支炎、腸炎などに、経口の抗生剤と同じように幅広く使われている。しかし、抗生物質と違った副作用がある。鎮痛解熱剤との併用により、中枢興奮作用が著しく増強され、痙攣が起こることがある。
 またニューキノロン系抗菌薬は作用時間が短くなっても、高濃度で菌と接触させる方がよいとされ、代表的なクラビッド(100)3錠を一日3回に分ける標準処方よりも3錠を一回で服用する方がよいと日本の感染症の専門家も推奨している。

16)スタチン(メバロチン、リポバス、ローコール、リピトール、リバロなど)+クロフィブラート(ベザトールR、リポクリン、アモトリール)併用は原則しない。
 スタチンとクロフィブラートは単独でも、横紋筋融解症という筋肉を損傷する副作用を引き起こすことある。とくに、両者を併用するとこの危険度が大きく増すので、原則的に併用してはいけない。また、腎機能障害があるとさらに副作用の頻度が増すので、腎機能障害患者では特に注意が必要である。
高中性脂肪血症改善によるクロフィブラートの冠動脈疾患予防効果は低く、欧米でも高血圧+糖尿病+高脂血症のかなりのハイリスク群で有用であるとの報告しかない。日本人では、クロフィブラートにより、中性脂肪、コレステロール低下の検査値の改善効果の報告はあっても、冠動脈疾患を予防したとの報告はない(私は知らない)。高中性脂肪血症の薬物療法は、日本人では副作用のリスクのほうがむしろ高くなる可能性が大きい。そのため、当院では高中性脂肪血症のほとんどは、日常生活習慣改善は勧めるが、薬物療法は基本的に勧めていない。

17)スタチン(メバロチン、リポバス、ローコール、リピトール、リバロなど)による劇症肝炎がある。
 スタチンは高コレステロール血症治療でもっともよく使われている薬剤である。副作用が少ないとは言われているが、2004年3月から3年間でリピトールによる劇症肝炎と考えられる12例あり、4名が死亡している。開始前に一度、開始3ヶ月後に一度、以後半年に一度は肝障害の定期的な検査が勧められる。
 当院の意見ですが、狭心症または心筋梗塞なった場合や、高血圧+糖尿病+高脂血症の場合なら、男女とも治療効率が高く、スタチン投与が勧められる。
  高血圧+高脂血症、または糖尿病+高脂血症でも、日本人では冠動脈疾患が欧米の1/3-1/4なのでスタチンによる治療効率は1/3-1/4になり、薬物療法には慎重に検討すべきと考えている。
  また、高血圧も糖尿病も合併していない中等度の高コレステロール血症(LDL-C180mg/dl以下)単独では、 性別にかかわらず副作用の頻度や経費に比べ、得られる恩恵が少なく、薬物療法は勧められない。

18)チクロピジン(パナルジンなど)は、内服開始から2ヶ月間は定期的な血液検査が不可欠である。
 チクロピジンは重篤な肝障害、高度の血球減少を起こしやすいので、手抜かりなく、定期検査が必要です。チクロピジンによる重篤な副作用は90%が2ヶ月以内に起こっている。この間は、原則2週間ごとの検査を勧めている。

19)ベンズブロマロン(ユリノームなど)で、劇症肝炎が起こることがある。
 重篤な劇症肝炎の発症率は0.003%以下(1/30万人)である。 その多くは6ヶ月以内である。 この間は定期的な血液検査が必要である。

20)狭心症の患者さんに片頭痛予防薬のエルゴタミン製剤(ジヒデルゴット、カフェルゴット)を投与すると、狭心症・心筋梗塞を誘発することがある。
 エルゴタミンは血管収縮作用により、狭心症を引き起こす可能性があるので、狭心症の患者さんに投与してはならない。狭心症を持っている可能性の高い患者さん(たとえば、糖尿病や高血圧の合併例)にも慎重に使うべきである。また、閉塞性動脈硬化症、レイノー症候群などの血管障害にも使用は慎重になるべきである。 また、エルゴタミンは眼圧を上げるので、緑内障の患者さんにも使ってはならない。

21)緑内障の患者さんにリスモダンを投与してはならない。
 リスモダンには抗コリン作用があり、閉塞性隅角緑内障の眼圧を上げる可能性がある。抗コリン作用による他の副作用としては、前立腺肥大患者さんでは排尿障害が悪化したり、全く排尿できない尿閉になったりする。また、唾液分泌量が減少し、口渇を起こしやすい。このように抗コリン作用は、高頻度に副作用の原因となる。細菌は抗コリン作用のない、または少ない抗不整脈剤がよく使われるようになっている。
 具体的には、リスモダンを処方するような症例では、薬の切れ味、副作用の少なさから、抗コリン作用がないサンリズムを処方することが当院では多い。

22)グレープフルーツで、作用が強まる薬物がある関連記事【グレープフルーツジュースは血圧の薬に影響するのですか?】
 グレープフルーツまたはそのジュースは小腸のCYP3A4酵素を阻害する「フラノクマリン」を多く含むために、ある種の薬剤の代謝に影響し、薬剤作用を強める可能性がある。この効果は個人差が大きい。グレープフルーツの阻害効果が24時間以上続いた例もある。 ザボン・土佐文旦・平戸文旦・スイーティー・だいだいでも、同様の現象がおこる可能性がある。一方、レモン・カボス・温州みかん・オレンジジュースではこのような現象はみられない。
具体的に注意すべき薬剤として、
1) ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗剤
 バイミカード、ペルジピン、バイロテンシン、ムノバール、ベラパミル、ジルチアゼムなど。なお、アムロジンへの影響はかなり小さいと言われている。ただし、今までグレープフルーツが重症の副作用を引き起こしたとの報告は日本ではないようである。
その他、リポバス・リピトールなどの高脂血症治療薬、アンカロン(抗不整脈剤)、ハルシオン(睡眠導入剤)、カフェルゴット・シヒデルゴット(片頭痛治療薬)、オーラップ (抗精神薬)、免疫抑制剤 ネオーラル、抗HIV治療薬 フォートベイス など多数ある。
2)グレープフルーツ類似の CYP阻害作用を有する薬剤
 クラリス、エリスロマイシン、イトリゾール、タガメット、オメプラール、バクタ
 逆に、 CYPを誘導し、薬剤代謝速度を上げて、薬剤の効果を弱める可能性のある薬剤として、リファンピシン(結核治療薬)がある。

23)鉄欠乏による貧血治療薬(鉄剤)はお茶で飲んでもかまわない。
 鉄分(硫酸第一鉄)とお茶のタンニン酸は結合して吸収が悪化する。しかし、現在治療に使われる鉄剤は徐々に分解吸収されるために、お茶で飲んでも吸収はほとんど影響されない。
  食事中の鉄分は一日で10mg程度で、その約1/10(1mg/日)が吸収される。女性は生理によって10-40mg程度鉄分を喪失する。そのため、生理出血が多い女性はそれだけで貧血になりやすい。
 鉄分が多いとされる食物でも、野菜、貝、穀物は吸収の悪い非ヘム鉄の形で存在する。吸収がよいとされるヘム鉄は肝臓、肉類、魚肉に多い。しかし、後者でも、食事から十分な鉄分を取ろうとすると、カロリー過多や鉄分以外の栄養素が多いのが気になる。こんなにレバーばかり食べれないなど、現実的には充分量の鉄分を摂取することが困難なことが多い。
 栄養摂取の問題は、通常なら食事療法を勧めるべきと私も考える。しかし、明らかな鉄欠乏性貧血では、食事のみに頼らず、一錠中に40mgのヘム鉄を含む錠剤を服用する方が現実的である。
  健康食品の鉄剤でもよいのではないかと考える人もいるかも知れない。しかし、健康食品のヘム鉄の含有量は一日量が3mg、6mg程度と処方される鉄剤の1/13〜1/7しか鉄を含まず、貧血治療には通常不十分である。軽度の貧血で、処方される鉄剤では胃障害が生じる場合は、健康食品の鉄剤も利用可能かもしれない。
  鉄不足の再発予防でも、処方薬を1ヶ月分もらい、週に2-3錠、2-3ヶ月かけて服薬を続ける方が、サプリメントよりも効果が高く、結果的には安くつくと思いる。

24)甘草を含む漢方薬を長期に服用すると、浮腫、血糖上昇、低カリウム血症などの副作用が生じやすい。
 「 一般的に、漢方薬や健康食品は副作用がない、または少ない。」と信じている人が多いが、実は漢方薬の副作用頻度は少なくない。
 副作用が問題になることが多い漢方薬の成分の一つが甘草である。甘草を含む漢方薬には、加味逍遥散(更年期障害)、釣藤散(頭痛)、柴苓湯(浮腫)、桂枝加芍薬大黄湯(便秘)、桂枝加芍薬湯(便秘)、大黄甘草湯(便秘)、小青竜湯(鼻炎)、人参湯(虚弱体質)、小柴胡湯(慢性肝炎)、当帰飲子(かゆみ)、麦門冬湯(空咳)、葛根湯(感冒)、桔梗湯(感冒)、芍薬甘草湯(こむらがえり)などがある。
  特に継続して内服したり、甘草を含む漢方薬を併用すると甘草の総量が増え、副作用の危険が増す。むくみが生じた女性が心臓が悪いのではないかと当院を受診し、原因が漢方薬だったことがたびたびある。
  また、甘草以外の副作用の多い漢方薬の成分にエフェドリンがある。エフェドリンには中枢興奮作用、発熱作用、交感神経刺激作用がある。これらと似た薬や増強する薬を併用すると、頻脈による動悸、発汗過多が起こりやすい。具体的にはテオドール(キサンチン誘導体)、メプチン(β刺激剤)などとの併用が問題となる。

25)アスピリンの抗血小板作用は中止後5-7日は続く。
 少量のアスピリン製剤(バイアスピリン、バファリン81など)は、脳梗塞予防、心筋梗塞予防によく使われている。とても安価で、約20%ほど疾患発症を減らす効果がある。この薬剤は、服薬を中止しても5-7日は効果が持続する。類似薬のパナルジンも7日ほど効果が持続すると考えて、危険な出血を伴う処置(生検、手術)などでは1週間前から中止する。また、アスピリンは少量でも消化管出血の合併症が1%ほどある。少量だからといって出血性合併症のリスクが低い訳ではない。

26)カフェインで動悸や気分が悪くなるひとに、テオドールを処方してはいけない。
 カフェインはキサンチン誘導体と呼ばれ、中枢興奮作用、心臓刺激作用、末梢血管収縮作用、利尿作用などがある。コーヒーや紅茶、栄養ドリンク剤、緑茶にはカフェインが含まれる。カフェインで動悸や気分不良がおこるカフェイン過敏症の患者さんには、テオドールなどのキサンチン誘導体を処方してはいけない。
  なお、カフェインの効果が切れると、すこしイライラするなどの症状を呈するカフェイン中毒という言葉があるが、アルコール中毒、ニコチン中毒のように禁断症状があるわけではない。医学的な中毒ではなく、単なる習慣上の依存である。

27)喘息患者では鎮痛解熱剤による発作が誘発されることがある。
「アスピリン喘息」という鎮痛解熱剤のアスピリンでおこる有名に重症の喘息発作がある。これはアスピリンに限らず、多くの消炎鎮痛剤で発症しうる。たとえば、インダシン、ポンタール、ロキソニン、ナイキサン、ブルフェン、アセトアミノフェンなどである。比較的安全に使用できる消炎鎮痛剤にはソランタール、ペントイル、ピリナジンがある。

28)ペルサンチンの適応症は、「狭心症」 「蛋白尿」とあるが、狭心症にはむしろ使ってはならない。
 ペルサンチンには冠動脈を拡張する作用があるが、狭窄のある冠動脈の拡張作用は弱く、正常な冠動脈を拡張する作用が強いために、狭窄部分よりも正常部分を拡張させ、狭窄部位より末梢へはむしろ血液が流れにくくなる「冠動脈盗血現象 coronary steal syndrome」がおこる。これにより狭心症が返って誘発されることがある。現在、ペルサンチン以外に狭心症の予後を改善する薬剤があるので、事実上、この薬剤は狭心症の人には勧められない。
 では、狭心症の人に勧める薬は何かというと、1) 少量のアスピリンは心筋梗塞予防の狭心症の基準薬である。2)β遮断薬も徐脈などの好ましくない状態でなければ勧められる。ちなみに、驚くかも知れないが、ニトロ剤(貼布剤が有名)は安定した狭心症の予後を改善する効果はなく、国内外の学会も漫然と処方することがないようにと注意している。
  逆にあまり使われていないが、シグマートは狭心症の症状を減らし、予後も改善することが証明された薬剤で、お勧めである。ただし、一日3回が基本であり、また血管拡張に伴う頭痛の頻度が高い。
  また、ペルサンチンは蛋白尿を減らす目的でも使用されることが多いが、全例に効果があるわけではないので、投与1ヶ月後にその効果を確認する必要がある。

29)ペ一スメーカー装着患者にはMRI検査は禁忌。携帯電話は22cm以上離せば問題ない。
 ペ一スメーカーは、言わば『小さなコンピューターの付いた電気パルス発信器』である。そのため、電流、電波や磁場の影響を受けやすい。 MRI検査は極めて強力な磁場を利用するので、ペ一スメーカー植込み患者は、決してMR検査してはならない。電気メスも手術の部位が近いときには、使用が制限されることがある。CT検査でペ一スメーカー本体に連続的にX線を当てると、一時的にペ一スメーカーの作動が抑制されることがある。家電の多くは問題ないが、携帯電話をペ一スメーカーから15cm以内におくと影響がでたという報告がある。15cm×1.5倍=22cmの距離が、携帯電話の安全距離と刺されているので、この点を注意すれば、ペ一スメーカー装着患者でも携帯電話は利用可能である。一方、PHSは電波が弱いので問題ない。磁石をペ一スメーカー本体の上に置くと一時的にペ一スメーカー調律が変化するが、離すと通常元に戻る。 身体に電気を流す電気マッサージ治療もよくない。万引き予防のためにある装置で一時的にペ一スメーカー作動が阻害されたという報告がある。通常、その装置からすぐに離れれば問題ないと考えられる。自動車の鍵による遠隔操作装置でも問題になることがあるという。 以上、いろいろな電磁場の影響の報告があり、ペ一スメーカー装着患者を診察する際には、参考にしてほしい。

30)アダラート舌下による急速降圧を行わない
 1980年頃に血圧が著明に上昇(200mmHg程度)した際には、アダラートカプセルの内溶液の舌下投与がよく行われていた。いまでも実践する医師が一部いる。しかし、アダラートによる急速降圧療法は、現在はむしろ有害とされている。
  アダラートの降圧作用は速く、短時間であるという特徴がある。血圧下降が急激なために臓器の血流不全が生じ、心筋梗塞、脳梗塞、死亡例などの有害事象が発生しやすいとされている。なお、アダラートは口腔粘膜からは吸収されず、消化官から吸収されるので、舌下には意味がない。
 また、血圧が高くても高血圧緊急症を除けば、緊急に血圧を下げなければならない状況はないとされている。外来で収縮期血圧が200 mmHg以上、拡張期血圧が110 mmHg以上であっても、急激に血圧低下を計るよりも、徐々に血圧を低下させるのが望ましいとされている。著明な高血圧でも、短期間では10-20%下げるのを原則としたほうがよい。
高血圧緊急症と治療
 高血圧緊急症とは、血圧が著明高値で臓器障害の病態を伴うときである。臓器障害を伴わない場合は、血圧を慌てて下げる必要はない。
 速やかに血圧を低下する必要があるのは、心筋梗塞や不安定狭心症の急性期、肺水腫を伴う高血圧性左心不全、頭蓋内出血時、大動脈解離の急性期、高血圧性脳症(頭痛、嘔吐、意識障害、痙攣を伴う)、子癇などである。
高血圧緊急症の治療には原則として、ペルジピン、ヘルベッサー、ミリスロール、インデラルなどの持続静注を使う。

参考:これだけは知っておきたい医療禁忌 三宅祥三監修、長田 薫編集
 - 診察、投薬、処置時の禁忌事項との根拠と対策 - 羊土社