トピックス(役立つ医学情報-No.31)】
公開日2008.08.18 更新日2008.09.05  HOMEへ(メニューを表示)  メニューを隠す  
このページは、当院が興味を惹かれた医学情報を患者さん、又は医療関係者向けに紹介します。情報源は、医事新報、日経メディカル、medical practice、一般新聞、Medical Tribuneなどです。なお、Medical Tribune誌は製薬会社の利益を擁護する発表に片寄った記事が多いと判断し、2007年からは参考資料から外しました。情報は必ずしも最新のものとは限りません。また、記事の内容を保証するものでもありません。あくまでも参考に留めてください。
121)【循環器】大規模臨床試験の結果報告の解釈には厳重な注意を払う。  2008.08.18記  専門的内容
 
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     【循環器】 専門的内容

(121)大規模臨床試験の結果報告には厳重な注意を払う。

まとめ:高血圧治療薬の効果を調べる大規模臨床研究が、製薬メーカー主導で行われることの問題点を、桑島 巌先生(東京都老人医療センター副院長)が鋭い視点で解説している。
参考
86)【循環器】高コレステロール血症治療薬が日本人にも有効と主張するMEGA studyは信用できない。  2006.04.26記
【独り言の目次】 営利団体の研究費によって行われた臨床試験は信頼性が劣る。 2007.03.05記

●優劣の判定さえも逆転させる問題だらけの結果報告の実態
 薬剤の効果を多数の患者さんで調べる大規模臨床試験の結果は、外来診療での治療薬選択にかかわる重要な判断材料となる。そのため、正しく解釈され、伝えられ、利用されるべきである。しかし、ほとんどの大規模臨床試験は製薬企業の経済支援によって行われているために、企業にとって都合のよい部分だけを、広告記事として利用され、適正に解釈されていない場合が多い。それどころか、全く逆の結果解釈へと誘導するものさえ少なくない。高脂血症治療薬や降圧剤の大規模臨床試験で、常々私もこのことを痛感している。
 今回、製薬メーカーが経済支援する大規模臨床試験の問題点を鋭く指摘した論説を見つけたので、簡単ながら一部を紹介する。
 それは、日本医事新報(2008年8月2日)掲載されていた。タイトルは、「EBMに基づいた降圧薬の選択 - 最近の大規模臨床試験とその適正評価 -」 。著者は、桑島 巌先生(東京都老人医療センター副院長)である。近年の高血圧治療薬(=降圧薬)の大規模な臨床試験(患者さんを対象とした治療効果調査研究)であるCASE-J 試験、JI KEI-HEART Study 、JATOS試験、ONTARGET試験、HYVET試験に言及している。このうち、CASE-J 試験、JI KEI-HEART Study 、ONTARGET試験についての批評を以下にまとめた。
各研究の発表内容とメーカーを支援する研究者の解釈と問題点
CASE-J 試験(本邦)
アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)とCa拮抗薬の心血管合併症予防効果を比較
【調査目的】
ARB(カンデサルタン)とCa拮抗薬(アムロジピン)のどちらが降圧薬として優れているか、 心血管イベント(=脳卒中や心筋梗塞など)抑制効果を比較した。
【内容と結果】
平均3.2年間追跡で、血圧下降度はカンデサルタン群よりもアムロジピン群のほうが有意に大きかった。突然死+脳・血管イベントの発生は両群間に差は認められなかった。
試験開始から3年くらいまでの間は、カンデサルタン群のほうが明らかにイベント発生率が高いが、3年目にはお互いに近づいた。
追跡期間中における試験薬以外の降圧薬を追加した症例数はカンデサルタン群で、有意に高いかった。
【製薬会社から経済的支援を受けた研究者の解釈】
●カンデサルタンとアムロジピンの 心血管イベント抑制効果は同等。
●カンデサルタンは時間が経つにつれ、じっくり効いてくる。
【あるべき解釈と問題点】 
●カンデサルタンは他の降圧薬を追加して、ようやくアムロジピンと同程度の、心血管合併症予防効果が得られる。
 降圧効果においてCa拮抗薬のほうが優れていることは、他の報告(VALUE試験)でも同じ結果である。
●本研究の重要なポイントである他の降圧薬の追加率の違いが、意図的に一般に報道されていないのは問題である。カンデサルタンだけでなく、他のARBも同様な表現がある。
●試験開始から3年くらいまでの間は、カンデサルタン群のほうが明らかにイベント発生率が高いが、3年目にはお互いに近づいていることから、「カンデサルタンは時間が経つにつれ、じっくり効いてくる」と解説している。しかし、カンデサルタン群に割り当てられた症例では、試験開始早々に脳心血管イベントがより多く発生したために、早々と追跡から除外されたにすぎない。「後からじっくり効いてくる」などという解釈はあり得ない。
JI KEI-HEART Study (本邦)
ARBとARB以外の降圧薬の追加による心血管保護効果の比較

【調査目的】
現行治療にARB(バルサルタン)を追加した場合の心血管保護効果はARB以外の降圧薬を追加するよりも優れているという仮説を証明すること。
【内容と結果】
高血圧、冠動脈疾患、心不全などを有する例を、現場の医師も患者もどちらの薬を処方しているかが分かる方法(PROBE法)によって実行された。心血管疾患(脳卒中や心筋梗塞など)による死亡と、狭心症や一過性脳虚血発作(TIA)なども含む心血管合併症の発症は、バルサルタン追加群が対照群に比べて有意に少なかった。
【製薬会社から経済的支援を受けた研究者の解釈】
●日本人の心血管疾患患者において、現行治療にバルサルタンを追加投与すると、現行治療を増量、併用するよりも、心血管イベントを抑制する。

【あるべき解釈と問題点】 

●本試験で大きくARBに優位性が傾いている疾患を見てみると、TIAを含む脳卒中、狭心症による入院、心不全による入院といった客観性に乏しいエンドポイントである。
  企業から資金支援を受けた試験現場では、「入院」という医師による介入判断にバイアスが入る可能性がきわめて高い。医師の意図が介入するエンドポイントを避けるのが常識である。一過性脳虚血のような医師の意図や主観が介入する非客観的エンドポイントは、信頼性低い。
●ARBとCa拮抗薬やACE阻害薬を比較した臨床試験で、これほどARBが優れていたという臨床試験はこれまで存在しない。
●以上から、結果は信頼性に乏しく、 ARBが高リスク症例に有用であるとは結論できない。

ONTARGET試験
ARBが降圧効果とは別に、心保護効果を発揮するのか検討
【調査目的】
すでにACE阻害薬は、降圧を超えた心保護作用があるとされているが、ONTARGET試験は、ARBの心保護作用がACE阻害薬に劣らない(非劣性)ことを証明することにある。また、両薬剤の併用がさらなる有効性をもたらすかを検討する。
【内容と結果】
ACE阻害薬としては心血管イベント抑制効果が認められているラミプリルを選択し、ARBとしては持続性が長いテルミサルタンを用いている。対象は、心血管疾患、糖尿病を有する高リスク例であるが、心不全は除外されている。
脳・心血管合併症の発生はラミプリル群で両群で同等であった。抑制効果において併用群はラミプリル単独群を凌げず、有害イベントが増加した。
 
【製薬会社から経済的支援を受けた研究者の解釈】
●テルミサルタンの脳・心血管合併症予防効果はラミプリルに劣らないことが証明された。
● ラミプリルとデルミサルタンの併用治療にラミプリル単独投与を上回る有効性は認められず、有害事象が増加した。

【あるべき解釈と問題点】 

●高血圧を伴わない高リスク症例に対して、ACE阻害薬とプラセボを比較した最近の臨床試験であるPEACE試験では、プラセボに比較してさえACE阻害薬の有用性を証明することができなかった。よって、本試験の結果から、ARBが高リスク症例に対して有用であるとするには早計である。 

 以下、桑島 巌先生のまとめを引用する。(以下引用)
 企業に有利と判断されるような後付け解析が、企業からの経済的支援を受けた国立大学によって行われ、しかも追加降圧薬の違いといった重要なデータが隠されたままの内容が、ガイドライン作成に深く関わる専門医によって一般臨床医に伝えられるところに問題がある。
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 エンドポイントを公平に評価するべき評価委員には、企業とは完全に距離を置いた臨床に明るい人材を配するべきである。 

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 高血圧治療は心血管合併症予防の上からはきわめて重要であり、「厳格な降圧なくして臓器保護なし」であることは、昨今のエビデンスが示すところである。降圧薬が必要とされる対象数が多いだけに、昨今、雑誌やインターネットでの広告合戦は激化しており、せっかくの大規模臨床試験の成績も企業や試験実施者に都合がいい後付け解析が行われては、事実が見えなくなってしまう。
 脳卒中や心筋梗塞などの合併症を予防するためには、廉価な薬によって効率よく安全に、より低い降圧レベルを達成することである。高価な新薬をまず処方してみて、降圧しないからといって他剤を併用するというのでは、費用対効果の面からは最も非効率である。降圧薬選択に当たっては、確かなエビデンスに基づいた考え方が臨床現場には求められるのである。
【当院の感想】
 製薬会社からの経済的支援を期待して、ゆがめられた医学研究発表を続ける各学会のリーダー達と一線を画する大変重要な投稿論文である。思わずメールでエールを送った。

参考
 日本医事新報(2008年8月2日)、「EBMに基づいた降圧薬の選択 - 最近の大規模臨床試験とその適正評価 -」 。桑島 巌(東京都老人医療センター副院長)
2008.08.18記   2008.09.05修正