【レクチャールームNO.3】

  公開日2004.12.08 更新日2004.12.24  TOPへ 左メニューを隠す 

高齢者にみられる心臓病 
2004年11月しらさぎ福祉会館での講演

講師:まえだ循環器内科 前田敏明
 本解説は2004年11月21日にしらさぎ福祉会館で行われた講演の配布資料に解説を追加して掲載しています。
講演内容が広範囲に及ぶため、当日は動画中心の内容で解説しました。ここでは講演内容に合わせて、加筆した抄録の内容です。


 加齢とともに心臓病を患っているひとは増加しますが、どんな心臓病があるのか、意外と知られていません。今回は、高齢者によく見られる代表的な心臓病についてお話します。心臓病は日本人の死亡原因の約15%を占め、臓器別としては第一位です。心臓病には生まれつきの異常である先天性心疾患と感染症・動脈硬化・その他の加齢性変化によっておこる後天性心疾患があります。高齢者にみられる心疾患のほとんどは後天性です。                 

■(1)虚血性心疾患(狭心症・心筋梗塞など)

 心臓の筋肉へ栄養や酸素を送る動脈(冠動脈かんどうみゃく)が狭くなったり(狭心症)、完全に詰まったり(心筋梗塞)することにより、部分的に心筋が弱るか、心筋が死んでしまう病気を虚血性心疾患(きょけつせいしんしっかん)と呼びます。最近の心臓死の約半分が、この虚血性心疾患となっています。虚血性心疾患の原因の多くは冠動脈の動脈硬化です。
 この病気をおこりやすくする因子を冠危険因子と呼びます。主なものとして、加齢、性別(男性)、高血圧、糖尿病、喫煙、低HDLコレステロール(善玉)血症、高LDLコレステロール(悪玉)血症があります。
 多数の危険因子をもった人は危険です。しかし、総コレステロールが280mg/dlと高くても他に危険因子が全くない場合、特に60歳以下の女性は心筋梗塞の危険性はあまり高くありません。著者はこの虚血性心疾患になる危険度を簡単に計算するプログラムを作り、ホームページで公開しました。プログラムは週刊朝日・医学雑誌・読売新聞(山口版2005.1.1)でも大きく紹介されています。

●症状
 典型的な狭心症では、運動時や食後に胸部圧迫感を生じます。発作の時間帯は朝に多く、午後には少なくなります。運動によって胸部症状はおこりますが、休むと5-10分で消失します。朝階段や坂道でしばしばこのような症状をおこす人は、狭心症の可能性があるので循環器専門医を受診してください。胸痛の特徴から狭心症や心筋梗塞とそれ以外の病気との鑑別がかなりできます。10円玉以下の小さな範囲、チクチク・キリキリする痛みなどは、狭心症の可能性は低いと考えてよい。他方、運動時の胸の真ん中が締め付けられるような圧迫感は、狭心症を強く疑わせます。 
 急性心筋梗塞の症状は一般に狭心症よりも強い。胸部圧迫感が代表的な急性心筋梗塞の症状で、約50%に見られます。症状の持続時間は長く、胸部圧迫感が30分以上続く時は狭心症ではなく、急性心筋梗塞を疑う必要があります。また、胸部圧迫感だけでなく、みぞおちが痛い、吐き気など胃の病気と間違うような症状も少なくありません。さらに、高齢者では半数で胸痛がありません。急に気分が悪くなったり、全身状態が悪くなったら、急性心筋梗塞も疑う必要があります。
●対策
 狭心症の対策は予防と治療に分けられます。予防では、冠危険因子を減らすことが重要です。いわゆる生活習慣の改善を基本に、必要なら薬物療法も行います。
 ただし、狭心症の診断は通常入院して行う血管造影なしでは、専門家でも難しく、残念ながら一般医では誤診が多いと思ってください。安静時の心電図で「心筋虚血がある」、「狭心症の気がある」などの説明で、狭心症の薬をもらっている人がいます。私の経験では、専門医に紹介されていないこのような患者さんのほとんどが誤診でした。狭心症が疑われる場合には、循環器専門医にみてもらうことを勧めます。
 心筋梗塞は発症したばかりの「急性心筋梗塞」と過去の心筋梗塞が安定した「陳旧性心筋梗塞」があります。治療において、最も大切なことは急性心筋梗塞の治療をできるだけ早く開始することです。急性心筋梗塞は発症から1時間以内に、心臓カテーテル治療ができる基幹病院に救急車で搬送すべきです。発作から3時間以内に治療をすれば、心筋の壊死(心臓の部分的な死)から免れることができ、心臓の働きはかなり回復します。
 他方、陳旧性心筋梗塞は再発しやすい病気ですので、冠危険因子を減らし、再発が減るように努めます。大きな心筋障害があれば、心不全(しんふぜん)の治療を行います。
 その他に知っておくとよい知識として、発作は気候の変わり目に多いので、年末や3月は特に注意ください。また、よく使われているニトロ剤の貼り薬は再発予防に効果はありませんし、コレステロール低下療法だけでは、十分な再発予防はできません。生活習慣の改善が大事であることを忘れないようにしてください。

■(2)不整脈(特に心房細動しんぼうさいどう)

不整脈で最も多いのは、心室性期外収縮(しんしつせいきがいしゅうしゅく)と呼ばれるものです。心臓のしゃっくりのようなもので、ほとんどの場合はたいした害がなく、症状が軽ければ薬も通常必要ありません
 一方、心房細動は高齢者の約5%におこると言われています。心房細動は治療が必要な不整脈の中で最も頻繁にみられ、加齢とともに増加します。また、甲状腺(こうじょうせん)の病気や弁膜症などの他の病気に合併することが多いので、しっかりとした診断が必要です。発作的に時々おこる「発作性心房細動」と持続している「持続性心房細動」があります。脳梗塞のなりやすさは同程度です。2004年プロ野球の長嶋選手がこの病気のために脳梗塞になりました。脳梗塞の1/3は心房細動によると言われています。心房細動では、動脈硬化による脳梗塞に比べて詰まる血管が太いので、重症脳梗塞が多くなります。
●症状
 脈が飛ぶ、どうきがする、脈が速いなどがあります。慢性では脳梗塞になるまで、無症状のことがよくあります。症状の強さは心拍数によります。心拍数が130以上では症状が強くなりやすくなります。120以下だと症状が少ないか、時に全くありません。また、高齢者では大小の脳梗塞を繰り返すために、手足の麻痺、言葉が話せない、人の話がわからないなどの症状とともに痴呆症も増えます。心房細動による脳梗塞は一回きりではなく、何度でも繰り返しおこります。
●対策
 発作性心房細動は、飲酒、睡眠不足、過労、肥満などが引き金となって、発作が起こりやすくなります。逆に生活習慣の改善によって、発作頻度が減ります。発作を予防する薬や正常に戻す薬を使うこともよくあります。また、発作性心房細動を繰り返す場合には、必ずしも元の正常心拍に戻そうとせずに、脈拍数を減らす薬だけにすることも現在では有力な治療方法です。
 一度脳梗塞になったひとは再発が非常に多いので、生涯予防の薬が必要です。脳梗塞の前ぶれは通常ありません。いきなり脳梗塞となるので、脳梗塞の危険性が高い高齢者の心房細動では予防薬が必要です。
 脳梗塞予防には、今のところワーファリン(ワルファリン)の内服が最も頼りになる治療法で、脳梗塞の頻度を1/3にまで減らしてくれます。この薬は食事の影響を受けやすいので、ちゃんとした食事の指導を受けることが重要です。心房細動は、弁膜症などの他の心臓病や心臓病以外の病気を合併していることが多いので、一度は必ず循環器専門医にみてもらって下さい。

■(3)弁膜症

 心臓は2つの心房と2つの心室の合計4つの部屋からなっています。右心室は肺へ、左心室は全身へ血液を送ります。左右の心房は、心室の血液充填を手伝う補助的な役割があります。心臓弁は部屋と部屋のドアの役割を果たし、血液が一方向にしか流れないように働いています。心臓の弁がよく開かない異常を「狭窄症」と呼び、よく閉じないために血液が逆流する異常を「弁閉鎖不全症または弁逆流症」と呼びます。4つの弁のうち、実際の診療では大動脈弁、僧帽弁、三尖弁の働きの異常が問題となります。それぞれ違った特徴の弁膜症となります。
 弁膜症の原因はこの20年で大きく変化しました。以前は、リウマチ熱の後遺症としてのリウマチ性弁膜症が圧倒的に多かったのですが、現在は激減しています。代わって、弁の動脈硬化や加齢による弁のいたみによる弁膜症が増加しました。三尖弁や僧帽弁の弁膜症では、ほとんどが閉鎖不全症で、心房細動を合併することがとても多い弁膜症です。
●症状
 弁膜症の症状は、おもに心房細動と心不全による症状です。軽症弁膜症では自覚症状はほとんどありません。進行すると、脈拍が乱れる、動悸、動いた時の息切れ、足のむくみなどの心不全症状が出てきます。心不全は徐々に進みますが、風邪などの呼吸器感染で急激に悪化することがあります。心不全症状がはっきりでるころにはかなり心不全が進んでいることが多いので、症状が軽いうちから治療が必要です。
●対策
 手術以外では、心不全の悪化予防や症状を軽快させる治療が中心となります。食塩の制限や利尿剤で症状を軽快させることができます。また、心不全の進行を抑制する心筋保護する薬を使うこともあります。しかし、薬物療法だけで弁膜症を完全に治すことはできませんし、完全に進行を止めることもできません。
 異常のある弁膜の場所や種類によっても治療方針が異なります。僧帽弁や大動脈弁では、ある程度弁膜症が進んだら、人工弁に置き換える手術を勧めます。心筋がそれほど弱っていない、すこし早めの時期に手術をすることが術後のよい経過をえるために大事です。そのため、たとえ症状が強くなくても手術を勧めることがあります。三尖弁閉鎖不全は症状も重症ではなく、人工弁に置き換えてもすぐに血栓がついてだめになることが多いので、通常弁置換は行いません。弁膜症の重症度評価は専門以外ではできないので、中等症以上の弁膜症は専門医に治療してもらうように勧めます。

■(4)肥大型心筋症、拡張型心筋症

 心筋症とは心臓の筋肉が障害を受ける病気の集合です。アルコール、薬物や全身疾患による心筋障害の病気もありますが、大部分は肥大型心筋症と拡張型心筋症と呼ばれる病気です。
 肥大型心筋症は、心筋の一部が異常に厚くなる病気で、約半分は遺伝子の異常がわかっています。10-20代の若い年齢で突然死する例がみられます。長期間の経過は良い場合も悪い場合もあります。壮年期は比較的安定しています。高齢になると心房細動や心不全を合併し、脳梗塞もよくおこします。
 拡張型心筋症は心臓が拡大して心筋の動きが悪くなる病気です。原因不明のことが多いのですが、ウイルス性心筋炎の後遺症として、心筋が弱っている例がかなり含まれていると考えられています。
 両者とも心電図異常でみつかり、心エコー検査で確認されることがよくあります。心不全症状が出てくると経過が悪いので、早期に診断されることが望ましい病気です。
●症状
 肥大型心筋症の初期は、ほとんど自覚症状がありません。他の病気の診察時や健康診断時での心電図検査で発見されることが多い。若いときに突然死を起こす病気として有名です。拡張型心筋症は、心臓の働きがかなり弱らないと症状がでません。疲れやすい、運動時の息切れ、動悸、浮腫などがおもが症状です。
●対策
 この病気の診断には、心エコー検査が不可欠です。肥大型心筋症は、若年者の突然死との関係が深いので注意がいります。拡張型心筋症は、心不全がある場合には利尿剤と心筋保護する薬を使います。近年、心不全の治療方法は格段の進歩を遂げています。まだ無症状の心不全の早期から、治療を開始するように勧めます。心筋症は、心房細動を合併した場合は高率に脳梗塞となるので、必ず脳梗塞の予防薬を使います。診断と治療ともに専門的な知識がいるので、循環器専門医に治療してもらうほうがよいと思います。

■(5)心臓病の行き着く果ては心不全

 心不全とは、心臓が弱って、十分な働きができなくなった状態です。全身に十分な血液量がめぐらなくなります。また、全身や肺に血液がうっ滞し、脚の浮腫や肺うっ血が生じます。どんな心臓病でも、最終的には心不全になると考えて下さい。心臓に負担をかける高血圧も未治療だと将来心不全になります。
 心不全の重症度は症状だけではあてにできないので、いろいろな心臓の働きの評価方法があります。数年前からは心不全重症度評価方法として、血液中のBNPという物質の量を調べる方法がよく使われるようになりました。BNPは心臓の負担の大きさをみる指標で、高いほど心臓が「苦しがっている」と考えてください。BNPの正常値は約20以下です。200以下なら心不全がうまくコントロールできている状態です。BNPが400以上は心不全のコントロールがうまくできていない危険な状態です。
●症状
 息切れ、どうき、すねの腫れ、全身のむくみ、急激な体重増加(むくみによる)などが心不全の症状です。軽度の息切れ、疲れやすいなどの症状があっても、加齢のためと思いこみ、病気と自覚しないことが少なくありません。しばらく横になると息苦しくなり、座ると楽になる現象は、起座呼吸と呼ばれる心不全の症状です。自覚症状が軽いのに、いきなり中等症以上の心不全を言われることも少なくありません。
●対策
 心不全の診断や治療方法はこの10年で飛躍的に進歩し、治療成積はかなり改善しました。心不全は治療方法の違いによって、経過が大きく違ってくるので、たとえ軽症の段階でも専門の医師のもとで治療してもらいましょう。生活では食塩の制限が重要です。体重の管理も必要です。運動は心不全の程度に合わせて、無理のない程度にします。全く安静にしたほうがよいというわけではありません。
 心不全がある場合の治療薬の主役は、利尿剤と心筋を保護する薬です。心不全は風邪などの呼吸器感染で、悪化することが多いので注意が必要です。そのため、高齢の心不全患者では、インフルエンザワクチンや肺炎球菌ワクチンは積極的に行った方がよいとされています。また、心拍数が多い状態が長く続くだけで、心不全になりやすいので、心拍数の調節には注意が必要です。鎮痛剤の常用は心不全を悪化させる可能性があります。