急性心筋梗塞の胸痛
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「胸痛がある場合に急性心筋梗塞の可能性が高いかどうか」を胸 痛の性状から判断する方法の説明です。ただし、胸痛の有無や性状のみで、「心筋梗塞である」、「心筋梗塞でない」との 確定診断はできません。心筋梗塞が疑わしい場合は、循環器専門医にみてもらいましょう。
急性心筋梗塞の起こり方(発生機序) ほとんどの急性心筋梗塞は粥腫(じゅくしゅ:アテロ ーム)の破綻により起こります。 (粥腫=変性したコレステロールの塊) |
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粥種を伴う冠動脈硬化による血管の狭窄が高度になると狭心症の症状が出る。 | 粥腫の破綻により血の塊によって冠動脈が閉塞し、急性心筋梗塞になる。 |
内腔が正常の1/4以下となる狭窄で労作時の「狭心症」症状が出始める。 |
粥種の破綻により、血液の凝固が始まり、血栓形成。内腔が閉塞され、血流が遮断されるため、組織の壊死がおこる。 |
A)急性心筋梗塞の症状 目次へ |
胸部圧迫感、絞扼感を訴える疾患 | |
心臓由来 (心筋、心膜) |
狭心症、急性心筋梗塞 |
急性心膜炎、急性心筋炎 | |
大動脈弁狭窄症 | |
大動脈 | 急性大動脈解離 |
肺、胸膜 | 肺塞栓症、胸膜炎、気胸、肺炎 |
胸壁由来 (皮膚、筋肉、肋間神経、肋骨) |
帯状疱疹、咳による筋肉痛、肋間神経痛 |
肋軟骨の炎症 | |
周辺臓器 (食道、胃、肝臓、胆嚢、膵臓、脾臓 ) |
逆流性食道炎、食道痙攣、消 化性潰瘍 |
急性膵炎 、急性胆嚢炎 | |
心因性 | 心臓神経症、不安神経症 |
文献3)より一部追加 |
急性心筋梗塞や狭心症の症状として「胸痛」は有名です。しかし、
胸痛以外の症状も少なくありません。
急性心筋梗塞の症状として「 腹痛 」、「 吐き気 」、「 呼吸困難 」、「 動悸 」、「
失神 」、「 心不全 」、「 ショック 」、「 心停止 」などもあります。 胸痛に加えて「冷汗」や「失神」があれば、急性心筋梗塞を含めて、重篤な病気の可能性が高いと言えます。
典型的な胸痛症状を示す急性心筋梗塞は約 60%しかありません。そのために急性心筋梗塞の患者さんが、「帰宅してよい」と誤診される頻度が4〜13%あるといわれています(米国救急医学学会)。
●典型的な胸痛のない急性心筋梗塞も 少なくない● | |||
65歳以上の113人の急性心筋梗塞の胸痛の有無 | |||
年齢 | 胸痛あり |
胸痛なし |
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65〜75歳 | 71% |
29% |
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75〜85歳 | 50% |
50% |
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86歳以上 | 25% |
75% |
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Muller,RT.et al.Am Heart J 119:202,1990 |
さらに、これらの誤診された患者さんの11〜25%が死亡しているという事実があります。
救急医は「胸痛を認めない」または「心電図が典型的でない」急性心筋梗塞を見逃さないことが重要です。
また、受診時の1回だけの「心電図検査で大丈夫」と言われても、 「急性心筋梗塞ではない」と言えません。具合が明らかに悪い場合は、「もう一度診察」してもらうか、「別の医師に診察」してもらいましょ
う。1〜2時間後に心電図をもう一度検査するのも有用です。典型的でない急性心筋梗塞の診断に、心エコー検査は大変役立ちます。すぐに急性心筋梗塞と診断できる血液検査もでてきました。
胸痛は狭心症や急性心筋梗塞のなかで、最も多い症状です。急性心筋梗塞の患者さんのうち約75%は胸痛を認めます。しかし、逆を言えば、心筋梗塞と診断された人の25%は、胸痛を示さないとも言えます。特に、高齢者や糖尿病患者では、「胸痛を伴わない急性心筋梗塞」が多いことが特徴です。
75歳以上の急性心筋梗塞の約50%以上は「胸痛を伴わない」と報告されています。
しかも、胸痛のない急性心筋梗塞が軽症かというとそうではありません。「胸痛のある急性心筋梗塞」と「胸痛のない急性心筋梗塞」の心筋梗塞の大きさは同等であったと報告されています。急性心筋梗塞で「失神(一時的な意識消
失)」が起こった場合は、重篤な不整脈や低血圧が原因であり、「急死」の前兆であるので極めて重篤です。ただし、「失神」のほとんどは神経性(神経起因性)の低血圧によるもので、心筋梗塞とは関係しないことが多いことも付け加えておきます。失神のために救急室に来院した人のうち、心臓病による失神(心原性失神)は、全体の
5〜10%といわれています。
B)急性心筋梗塞の胸痛の特徴 目次へ |
急性心筋梗塞の胸痛部位 |
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1)前胸部(胸骨部位) 2)心窩部(放散痛、とくに下壁梗塞) 3)咽頭部・下顎(放散痛) 4)左腕内側(放散痛) |
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性状 |
1)痛みよりは「圧迫感」、「絞扼感」、
「焼けつくような」 2)「握りこぶし」以上の大きさ。 3)30分以上持続する 4)押しても痛みが増強することはない。 5)体位で痛みは変化しない。 |
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随伴症状 | 1)吐き気や嘔吐を伴うことあり 2)「冷汗」、 「強い気分不良」や「強い不快感」を伴う |
C)急性心筋梗塞の可能性の低い胸痛 目次へ |
急性心筋梗塞ではないよくある胸痛 | ||
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1)胸骨の両側の限局した小
さな範囲の痛み。 2)左乳房の下側の痛み(肋骨に沿うこともある) 3)左上胸部痛み 4)右胸部痛み |
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性状 |
1)「チクチク」、「キリキリ」する痛み |
■部位■
・胸骨辺縁の痛みや圧痛(押すと痛い)は、肋軟骨の炎症によることが多い。
・左乳房の下方の痛み「ズキズキ痛い」、「キリキリ痛い」は、神経痛が多い。
・皮膚や体表近くの限局し、指で押して起こる限局した痛みは心臓に由来する痛みの可能性が低い。
・患者がいたい場所を指させるような場合や、直径3cm未満の小さな場合は通常狭心症や心筋梗塞による胸痛ではない。
・下顎より上の痛みはめったにない。
・臍より下の痛みはめったにない。
■誘発因子■
・咳で悪化する場合は、「気胸」や「胸膜炎」や「肋骨骨折」、
「長引く咳による肋間の筋肉痛」が多い。
・強い咳が2日以上続くと、それだけで肋間の呼吸筋の筋肉痛が高頻度に生じる。
■性状■
・15秒以下の瞬間的な「ちくちく」、「きりきりする」、「突き刺
すような」鋭い痛みは通常心筋梗塞または狭心症の痛みではない。
これらの痛みは体性痛と呼ばれ、内臓痛と痛みの性状が異なり、
「鋭い痛み」、「痛み部位がはっきりしている」という特徴があります。一方、心臓や胸膜や食道などの深部構造物に由来する症状は、びまん性で正確な位置は言い表し
にくいという特徴があります。