トピックス(役立つ医学情報-循環器編No.19)】
公開日2006.05.24 更新日2006.06.05  HOMEへ(メニューを表示)  メニューを隠す  
このページは、当院が興味を惹かれた医学情報(必ずしも最新ではありません)を紹介します。
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90)【循環器】メタボリックシンドロームの診断に各方面からの非難あり  2006.05.24記
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     【循環器】

(90)メタボリックシンドロームの診断に各方面から非難あり

まとめ:メタボリックシンドローム(MS)の診断基準はいい加減。この診断によって病人を作り出し、国民を意味のない薬漬けにする危険性が高い。6月7日にこの記事は月刊誌2社からの取材を受けました。
●メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群:MS)とは ●
 皮下脂肪と異なり、内臓脂肪は内臓の周囲に貯まる脂肪である。脂肪細胞は単なるエネルギーの貯蔵庫ではなく、ホルモンを分泌していることがわかった。内臓脂肪が貯まると、糖尿病、高血圧、高脂血症が引き起こされやすくなるということで最近注目されるようになった。
 しかし、 肥満、高脂血症、糖尿病、高血圧が合併しやすいということ、これらが複数合併すると心血管リスクが高くなることは、以前からよく知られていた事実であり、目新しいものではない。しかも、現在は未だこの病態に対する総合的な対応、治療方法は見つかっていないので、高血圧、糖尿病、高脂血症の各々を治療するしかない。
日本と国際糖尿病学会のメタボリックシンドロームの診断基準の比較
日本(2005年)
国際糖尿病学会(2005年)
1)
ウエスト周径
男性85cm以上、女性90cm以上
男性94cm以上、女性80cm以上
2)
血清中性脂肪値
150ml/dl
低HDL-C血症
40mg/dl 未満
男性40mg/dl 未満、女性50mg/dl 未満
3)
収縮期/拡張期血圧
130/85mmHg以上
4)
空腹時血糖
110mg/dl以上
100mg/dl以上
MSの診断基準:(1)と(2)(3)(4)のいずれかひとつ以上が該当。

●メタボリックシンドロームの頻度は ●
 上記の診断基準によるメタボリックシンドローム(MS)の頻度は、極めて高い。厚労省によると、メタボリックシンドロームは、40〜74歳の人のうち940万人、予備軍で1020万人にのぼる。予備軍を含めるとこの年齢層で男性は2人に1人、女性で5人に1人が相当する。生活習慣病を予防するという目的からすると、これでは対象者を絞り切れてないのと、後述するがこの基準ではハイリスクと言えず、予防対策としてあまりに不完全である。
●国内住民の追跡調査の結果 - 実際以上にリスクを過大評価? - ●
 福岡県久山町の研究から、一般住民では、日本の基準によるメタボリックシンドロームの頻度は男性21.1%、女性8.2%であった。一方、国際糖尿病学会の基準では男性30.4%、女性14.7%とどの基準を採用するかでメタボリックシンドロームの頻度が大きく変わると指摘された。また、同集団を12年間追跡調査した結果で、心臓血管病の発症率は男性ではMS群4.9人/1000人/年、非MS群3.5人/1,000人/年。女性ではMS群2.5人/1,000人/年、非MS群3.5人/1000人/年で、女性では有意差を認めた(統計的にも意味のある差であった)。
 なお、 この資料では、非MS群とMS群の相対リスク比は男女とも1.4倍と高血圧や糖尿病が単独ある場合のリスク上昇に比べて高くない。これを見るとメタボリックシンドロームは特別扱いするほどリスクは高くないとすら言える数値である。
  にもかかわらず、肥満治療ガイドライン2006(日本肥満学会)には「軽度であっても、肥満・高脂血症・高血圧・高血糖のうちリスクが2つある人は、全くない人に比べて、心血管病の発症リスクが約6倍、3〜4つ当てはまる人は約36倍になることがわかっています」と書いてある。これは久山町の結果からすると極端な過大評価ではないか。

MS群が非MS群よりも1.4倍(久山町の資料より)心臓血管病が多く、また約50%(厚労省の発表より)がMS群または予備軍とすると、、、、「どれだけ危険なのか」が簡単に計算できる。
分類
非MS群の人が心血管病になる危険率を1.0とすると 住民全体が心血管病になる危険率を1.0とすると
MS群または予備軍
1.4
1.16
非MS群
1.0とする
0.83
全体
1.0
「MS群またはその予備軍がそうでない人の1.4倍の危険率で、対象年齢の半分がMS群またはその予備軍となる」という前提で計算すると、全住民の危険率を1.0とすると、MS群または予備軍の危険率は、全住民の1.16倍とわずか16%増にしか過ぎない。ここでちょっと変な感じがする。なぜなら、糖尿病や高血圧単独だけでも2倍以上心血管病が増えるからだ。そうすると、腹囲の影響は極めて小さいと考えられる。また、血糖値、血圧値などの基準がゆるいために非糖尿病、非高血圧の人も入りこのように危険率が低くなったと考えられる。「すこし大きな腹囲、正常のすこし高い血糖値、正常よりすこし高めの血圧」だけではそれほど危険率は高いと考えられず、現状ではメタボリックシンドロームを特別扱いする価値がないと思われる。
●欧米の学会からも批判●
 日本の基準に対しては、米国ならび欧州糖尿病学会から、「(1)作成根拠、特に構成因子の選定やカットオフ値の設定などに合理性が乏しく、定義が不明瞭、(2)心血管リスクの新たな予測因子としては極めて不十分、(3)成因的基盤が明確ではない、(4)個々の疾患を管理する以外の複合的な治療法が現存しない」という批判的な提言があった。
 腹囲の基準値の決定には、腹部CT検査で脂肪の面積が100cm2以上に相当する腹囲と定めているが、このCT検査による調査は数百人と少なく、しかも危険因子をひとつ持つ場合の内臓脂肪面積を算出しており、複数の危険因子を併せ持つこの症候群の診断基準資料としては不適切である(大櫛陽一・東海大学医学部教授)との指摘もある。
【当院の意見】
 メタボリックシンドロームの診断を受けた人は、軽症の高血圧、高脂血症、糖尿病に対する積極的な治療を勧められ、結果として薬漬けになる危険性がある。臨床の現場の医師には、経済的な利益を見返りに積極的な治療を勧める有名大学教授の肩書きなどの権威に惑わされることなく、冷静な判断と良心的な医療を行うように希望します。
【参考】
「日本内科学会:メタボリックシンドロームの臨床でシンポ」日本医事新報 2006年4月29日p18-19
「内臓脂肪症候群」読売新聞朝刊2006年5月22日p3
「メタボリックシンドロームのでたらめ」 大櫛陽一(東海大学医学部教授)週刊朝日2006年5月26日
2006.05.24記   2006.06.08修正