トピックス(役立つ医学情報-循環器編No.16)】
公開日2006.04.08 更新日2006.04.08  HOMEへ(メニューを表示)  メニューを隠す  
このページは、当院が興味を惹かれた医学情報(必ずしも最新ではありません)を紹介します。
このホームページの記事はあくまでも参考に留め、治療方針は診療医師と相談して決めてください。
84)【循環器】心房細動が正常化(洞調律化)した後も血栓予防は必要  2006.04.08記
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     【循環器】
(84)心房細動が正常化(洞調律化)した後も血栓予防は必要
まとめ:心房細動の除細動後も、抗凝固療法が必要である。

 不整脈の一種である心房細動を薬や電気通電により、正常洞調律に戻した後(除細動後)の2週間ぐらいの間は、除細動前よりも脳梗塞の危険性がむしろ高くなるので、抗凝固療法が必要である。
 「慢性持続性の心房細動」または「発作性心房細動」の治療方針には2つの柱がある。第一の柱は「心拍の正常化(洞調律化)」または「洞調律化を行わずに心拍数のコントロールだけに努める」である。心房細動は心拍の間隔がバラバラ(絶対不整脈)になる以外に、通常は心拍数が増加し、これが心不全の原因となる(頻拍性心不全)ので、心拍数を適切な範囲に収めることが重要である。
正常洞調律
心拍数の多い心房細動
心拍数を70-80に治療した心房細動
 もうひとつの治療の柱は、動脈塞栓とくに脳塞栓※1)の予防である。心房細動では、左房(とくに左心耳)壁に血の塊(血栓)が付着して形成され、それが剥がれて、血流に乗り、体中の至る所に詰まる動脈塞栓が起こりやすい。とくに、脳の血管に詰まる脳塞栓はほかの原因による脳梗塞よりも重症の脳梗塞となりやすいため重要である。また慢性、発作性のどちらの心房細動も脳塞栓の危険性は同等とされているので、時々しか心房細動にならないからといって、安心はできない。
左房の動きの模式動画(実際の症例ではありません)
(1)正常洞調律
(2)心房細動
(3)除細動直後の洞調律
(4)除細動1ヶ月後の洞調律
(1)と(3)は同じ洞調律でも、心房収縮時の動きが小さい。(4)では(1)とほぼ同じにくらいに回復している。
 また、以外に思うかもしれないが、心房細動を薬物または電気通電により洞調律に戻した(除細動と呼ぶ)場合、左心耳に付着した血栓は、除細動直後からしばらくの間、むしろ飛びやすくなるので注意が必要である。Bergerらは、心房細動あるいは粗動の除細動後に血栓塞栓症を生じた32症例を解析した結果、そのうち98%の塞栓症は除細動後10日以内に生じていると報告している。これは、除細動後に心耳の動きが正常化するため、動きが大きくなって血栓が剥がれやすくなるためである。
  さらに、除細動時に左心耳に血栓がない場合でも、除細動直後からしばらくは心耳の動きが十分回復しないために、新しく血栓ができやすい。これは心房細動が一定期間以上持続した場合、除細動によりリズムは洞調律になっても、左心房、左心耳の一過性収縮不全(stunning:"心筋の気絶"と表現されている)がしばらく持続するためである。したがって、除細動後に抗凝固療法を行わないと、心房のstunningの時期に血流うっ滞がおこり、血栓が生じ、心房機能が回復してくる時点でこの血栓が飛んで、脳塞栓を生じる危険がある。これらの理由で、心房細動の除細動後の抗凝固療法は不可欠と言える。
 これに対する具体的な対策としては、
●1)48時間以上持続したあるいは持続期間が不明な心房細動にはワルファリンによる経口抗凝固療法を3〜4週間行った後、薬物的あるいは電気的除細動を行う。
●2)経食道エコー検査※2)を行い、左心房に血栓がないことを確認すれば、3〜4週間の抗凝固療法を行うことなく、ヘパリンによりAPTTを1.5〜2倍にした後、除細動してよい。血栓を認めた場合は、やはり除細動前に3〜4週間の経口抗凝固療法を行う。
●3) 心房細動の持続時間が48時間以内の心房細動については、原則として抗凝固療法の必要はない。
 また、急性疾患による心房細動でなければ、除細動後も心房細動発作が全くなくなることはめったにない。また、時々おこる発作性心房細動と持続性心房細動では、脳梗塞の頻度は同じといわれている。時々しか発作が起こらないから、また不整脈の薬を飲んでいるからと言って脳梗塞の危険性は低いとは言えない。「脳梗塞」、「一過性脳虚血発作」、「末梢塞栓症の既往」、「75歳以上の高齢者」、「高血圧」、「糖尿病」、「冠動脈疾患」、「うっ血性心不全」などを合併する心房細動は、脳塞栓症のハイリスク群とされるので、ワルファリン継続投与が推奨される。これらの症例では、たとえ除細動後3〜4週間経過した後も、一生涯続けてワルファリン投与を行うことが望ましい。
 参考までに、症状だけによる「心房細動発作がなくなったかどうか」の判断は、見落としが多いとされているので、症状だけから発作がなくなったと判断してはいけない。
 脳塞栓のリスクが高くないと考えられた発作性心房細動患者の場合でも、48時間以上持続した心房細動発作が再度起こった場合には、除細動に際して、あらかじめ抗凝固療法あるいは経食道エコーが必要となる。このため心房細動の症状が強く、除細動を希望する場合には、脳塞栓予防のためにもできるだけ早く処置を受けるよう指導しておく。
※1:脳塞栓と脳梗塞:脳梗塞とは、血管が詰まって、その先への血流が途絶えたために、脳の組織が一部死んでしまうこと(臓器のある程度の大きさの塊として部分的に死ぬこと=壞死)。その原因のひとつとして、遠くから血の塊が流れ飛んで来て、血管に詰まることを「塞栓」と呼ぶ。脳塞栓とは、塞栓(大部分は、心臓からの血の塊:血栓塞栓)が脳血管に詰まって起こる脳梗塞のことである。心臓由来の塞栓は血の塊のサイズが大きいので、大きな脳梗塞になることが多い。
※2:経食道エコー検査:胃カメラの管の先端に超音波探触子(超音波の発信・受信器)をつけて、心臓の後ろから心臓の超音波検査を行う方法である。骨(胸骨や肋骨)や肺などの超音波の到達を極端に悪くする障害がないため、きれいな心臓の画像が観察できる。とくに、左心耳を含む左房は大変よく観察できるので、左心耳内の血栓の発見や左房内の血流のうっ滞をみるのに適している。ただし、探触子の位置や角度の自由度が低く、すべての面で前胸壁からの超音波検査の代用とはならない。
参考
  日本医事新報p91(2005年6月11日)「心房除細動後の抗凝固療法」、国立病院機構大阪医療センター臨床研究部部長 是恒之宏
2006.04.08記   2006.04.18修正