トピックス(役立つ医学情報-循環器編No.12)】
公開日2005.12.14 更新日 2006.02.22  HOMEへ(メニューを表示)  メニューを隠す  トピックスの目次へ 
このページは、当院が興味を惹かれた医学情報(必ずしも最新ではありません)を紹介します。
このホームページの記事はあくまでも参考に留め、治療方針は診療医師と相談して決めてください。
74)【心臓】抜歯時の感染性心内膜炎予防                  2006.02.18記
70)【心臓】メタボリックシンドローム(代謝症候群)は特別扱いするべきか 2006.01.14記


     【循環器】   目次へ   次へ  前へ 


(74)抜歯時の感染性心内膜炎予防

まとめ:弁膜症、心房中隔欠損症以外の先天性心疾患、閉塞性肥大型心筋症 、人工弁置換患者、心内膜炎の既往を有する患者、チアノーゼを有する先天性心患患者、動脈肺動脈短絡作成術後の患者さんは、抜歯の直前に多めの抗生物質を内服すべきです
 弁膜症、心房中隔欠損症以外の先天性心疾患、閉塞性肥大型心筋症、弁逆流を伴う僧房弁逸脱、人工ペースメーカー、植え込み型除細動器(ICD)植え込み患者、長期にわたる中心静脈カテーテル留置患者は、抜歯時に血液中に流れ込んだ口腔内細菌が、心臓の弁や内側の表面(心内膜)に付着し、増殖することがあり、重症の感染症をおこすことがある。これを感染性心内膜炎と呼んでいる。特に、重症化しやすい基礎心疾患として、人工弁置換心内膜炎の既往を有するチアノーゼを有する先天性心疾患動脈肺動脈短絡作成術後の患者が知られている。
 この感染性心内膜炎予防のためは、抜歯時に多めの抗生剤を投与すべきとされている。筋肉注射、静脈注射も行うが、経口投与が中心になっている。
 なお、 米国のガイドラインで予防では、人工ペースメーカー、ICD植え込み患者は抜歯時の抗生剤の予防投与は不要であるとされている。
成人ではアモキシリン2.0gを処置1時間前に経口投与、あるいはアンピシリン2.0gを処置30分前以内に筋注あるいは静注が標準的である。しかし、成人では体重1Kg当たり30mgで十分であるとされているので、適宜減量してよい。この量は通常の投与量よりも大量であり、ときに下痢をおこすことがあるが、一度のみの投与なので、深刻な副作用の報告はないという。
参考資料 
「感染性心内膜炎予防における抗菌薬の投与量」日本医事新報2005.12.17号 p91。北里研究所病院内科循環器科部長 赤石 誠
2006.02.18記   2006.03.02修正



               【心臓】            トピックスの目次へ   次へ  前へ 


(70)メタボリックシンドローム(代謝症候群)は特別扱いするべきか

まとめ(当院の意見): 心筋梗塞などの動脈硬化性疾患は、加齢、性別、高血圧、喫煙、糖尿病、高脂血症、その他の複数の危険因子が重なるとリスクが急激に高まる。メタボリックシンドロームは肥満(内臓肥満)+高脂血症+高血圧+糖尿病の危険因子を持った人たちを脂質代謝の異常という観点から、独立した疾患群として扱おうとしている。しかし、その妥当性は十分に検証がされていない。単にハイリスクというなら、他の組み合わせでもよい。また、メタボリックシンドロームが他の組み合わせよりも非常にハイリスクというわけでもない。言葉だけが一人歩きする昨今である。企業や一部の学者の都合のよいように利用されることが危惧される。
以下引用
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三越厚生事業団 中村治雄
■心筋梗塞後の予後とメタボリックシンドローム(MS)
 メタボリツクシンドローム(MS)は多因子の集積により、動脈硬化性疾患のリスクとして重要であるとされている。しかし、一度発症した心筋梗塞などの予後に対してどのような影響を与えるかは十分な解析がなされていない。しかもMSよりどの程度の頻度で糖尿病の発症がみられるのか、その証拠は比較的少ない。これに関し、このたびイタリアで行われた多施設共同研究(GISSI-Prevenzione Trial}は大変参考となる(Levantesi G.et al: J Am Coll Cardiol 46:277,2005))。3ヶ月以内に発症した心筋梗塞11323例について平均3.5年追跡した結果で、MSの診断はATPIIIに準.拠している。ウエスト径の代わりにBMI≧26を用いている。追跡開始時21%に糖尿病が、29%にMSが認められていた。糖尿病もMSもたない対照群に比べて、心死亡と心血管イベント率はそれぞれMSにおいて29%、23%と多く、糖尿病では68%、47%ときわめて多く、予後の悪さが示されている。さらに、糖尿病ではMSに比べて心不全などで入院する例も多く、MSでも24%と多かったが、糖尿病では89%に及んでいる。
 注目すべきは3047名のMS例から観察中に2731例の糖尿病が発症しており、体重の変動による影響が大きかった。体重が10Kg以上増えると糖尿病の危険は2倍に増え、60-10Kgの増加で1.5倍である。これに対して、体重を10Kg以上減らせば危険寧は41%減少(p<0.028)することが示された。この事実はきわめて重要で、MSから糖尿病の発症を抑えるには体重を減らすことであるとしている。MSから糖尿病の発症を促すかどうかには、体重の増減が垂要であり、心筋梗塞発症後の予後にも大きく影響するので、体重の増加を抑えることが大切である。
------------------------------------------------------- 引用終わり
【当院の意見】
日本でのメタボリックシンドローム(代謝症候群)の診断基準
1)ウエスト おへその高さでの腹囲径:男性は>85cm、女性は>90cm
2)高血圧

最大血圧で130mmHg以上または最小血圧で85mmHg以上

3)高脂血症 中性脂肪(TG)値が150mg/dL以上、または HDLコレステロール値40 mg/dL以下
4)糖尿病 空腹時血糖値が110 mg/dL以上
上記4項目のうち1)は必須項目で、他の2項目が該当するとメタボリックシンドロームとする。
 メタボリックシンドロームの人は、糖尿病を発症するリスクは通常の7〜9倍。心筋梗塞や脳卒中を発症するリスクは約3倍にもなるといわれている。

 心筋梗塞などの動脈硬化性疾患は、加齢、性別、高血圧、喫煙、糖尿病、高脂血症、その他の複数の危険因子が重なるとリスクが顕著に高まる。メタボリックシンドロームは肥満(内臓肥満)+高血圧+糖尿病の危険因子を持った人たちを脂質代謝の異常という観点から、独立した疾患群として扱おうとしているが、この基準に関しては十分な検証がなされていない。単にハイリスクというなら、他の組み合わせでもよいはずである。メタボリック・シンドロームが他の組み合わせよりも非常にハイリスクというわけでもない。糖尿病と高血圧の2つの合併だけで、心筋梗塞のリスクは10倍ぐらいになるので、リスク評価因子として、ウエスト径と高脂血症はあまり重要でない可能性すらある。メタボリックシンドロームを独立して取り扱い、注意を促すことのメリットがないと意味がない。
 医学は技術的な経験則から発達したが、いまは科学(サイエンス)である。科学は物事を小さな部品の集まりとして捕らえ、個々の部品の特徴を研究し、それを再統合することにより複雑な全体を正確に理解しようとする学問である。メタボリックシンドロームは、何ら根拠なく、動脈硬化の危険因子のいくつかを含んでいるだけに思われる。今までの分析的な診断と治療方針とは相容れない、漠然とした複合概念を導入することにより、診療の第一線で混乱が生じている。「脂質を研究する学者の飯の種」、「食品会社や製薬会社のキャッチコピー」に過ぎないとの批判も聞こえてくる。
 「中性脂肪高値単独では、他の危険因子にくらべ、弱い危険因子である。喫煙、年齢、性別などの重要な危険因子が含まれていない。この組み合わせが重要なのか、妥当なのか」、「糖尿病の基準として空腹時血糖のみという前近代的な基準でよいのか」、「なぜ中性脂肪値が採用されて、悪玉コレステロールまたは総コレステロールが採用されていないのか。これは現行の動脈硬化疾患診療(高脂血症治療)ガイドラインと矛盾しているように思われる」、「メタボリックシンドロームとして取り上げることにより、どれだけの疾患予防、治療上の利益があるのか」、問題は極めて多い。
「高コレステロール血症=動脈硬化=どろどろ血液」という単純な説明が、「コレステロールが多いとどろどろ血液になる」 、「さらさら血液で動脈硬化予防」、「総コレステロール値が高いと動脈硬化になる」、「コレステロール摂取量を減らせば、動脈硬化が予防できる」などの根拠の薄い勘違いを植え付けている。
  「どろどろ」か「さらさら」かは血液粘稠度を示す。おもに血液の赤血球濃度による。食事や水分の摂取により短時間で血液粘稠度は変化する。血液中のコレステロール値とは関係しない。極端な多血症(赤血球が多い状態)でもなければ、脳梗塞などの増加に結びつかない。まして動脈硬化の予測因子にならない。あるテレビ番組で、血液が細い管を固まらずに流れる時間で、「血液のどろどろ」を比較する検査をおこなった。約8人の出演者でもっとも早く血流が止まったのは、元女子バレーボール選手の大林素子(38歳)であった。どうみても生活習慣病と無縁の年齢、性別、体型である。われわれ循環器疾患を知るものは、性別、年齢を考慮すると大林素子さんが生活習慣病になりやすいとは全く考えない。

参考資料 
「心筋梗塞後の代謝とメタボリックシンドローム」日本医事新報2005.12.24号  p6。
2006.01.14記   2006.02.15修正