【レクチャールームNO.9】-コレステロール低下薬の濫用-

  公開日2007.12.14 更新日2007.11.14  TOPへ  左メニューを隠す メニューへ 
このサイトは参考となった講演会の内容を紹介しています。

 濫用されるコレステロール低下薬 
-- 内服中の患者さんの7人中6人は薬は不要の現実 --
 --  講師:まえだ循環器内科 前田敏明  --
本解説は2007年11月14日の山口市白鷺会館での講演内容とまとめたものです。講演で使ったスライド数は約50枚です。できるだけ専門語を使わないようにしました。内容は前回の講義「コレステロールの新しい常識」(2005.6月)と重なる部分が多くあります。今までの高コレステロール血症のまとめとしての位置づけです。

お断り:このサイトの講義対象は一般の方や患者さんです。できるだけ専門用語を少なくするように努めました。なお、ここでの内容は個々の患者さんには適当でない場合もあります。あくまでも一般論として参考にとどめてください。


 「血液中の総コレステロール値が高いと動脈硬化が進み、心筋梗塞や脳卒中が増えるので下げた方がよい」という考えは、すでに確立していると思っている方が多いようです。しかし、最近の疫学調査の結果を見ると、むしろ「高コレステロール血症の危険性は、企業により誇張されている」のが事実のようです。
 【1】家族性高コレステロール血症の危険性は特別 

 最初に、高コレステロール血症はなぜ悪いと考えられるようになったかを話します。高コレステロール血症、アキレス腱肥厚、心筋梗塞が多いという特徴がある遺伝性の「家族性高コレステロール血症」という病気があります。
 2本ある染色体の片方に、その遺伝子を含む人が日本人では1/500人の割合でいます。この場合、血中のコレステロール値は子供の時から高くなり、230mg/dl〜500mg/dl(平均330mg/dl)となります。早い場合は、男性では30歳頃から、女性では50歳ぐらいから心筋梗塞になるひとがでてきます。心筋梗塞の発症頻度は一般人の約10倍で、約60%が心筋梗塞で死亡しています。65歳以下の比較的若い人の心筋梗塞患者の約10%がこの病気だったとされています。
 総コレステロール値が300mg/dl以上あり、50歳代の心筋梗塞の家族歴のあるひとは、この病気の可能性が高くなります。

金沢大学大学院医学研究科のサイトよりhttp://web.kanazawa-u.ac.jp/~med64/index.html
金沢大学大学院医学研究科血管分子遺伝学(内科) 教授馬渕宏 ※
※現在までに1500人以上の症例を検討し、特に家族性高コレステロール血症に詳しい。世界で10本指に入る高脂血症研究者です。


 【2】総コレステロール値が高いと心筋梗塞が増える
「総コレステロール値240mg/dlでは180mg/dlの2倍心筋梗塞が多い。これは日本も欧米も同じ。だから、日本人の総コレステロール値も欧米と同じ目標値にしたほうがよい」。この論理は問題があります。まず、日本の心筋梗塞発症率は欧米の約1/4です。また、心筋梗塞の危険因子には総コレステロール値よりもはるかに重要とされる因子が多数あります。
 欧米では総コレステロール値や悪玉(LDL)コレステロール値で、治療するかどうかを決めるのではなく、多数の危険因子から総合的に予測した心筋梗塞の危険度が高い人のみに血液中のコレステロール値を下げる薬の内服を勧めています。
 この欧米の方法なら、日本で薬を飲む人の数は激減します。ちなみに、心筋梗塞患者数に対して、コレステロールを下げる薬を飲んでいる人数の割合は、日本は欧米の約7倍と言われています。 つまり、欧米流の治療なら、現在薬を飲んでいる人の7人中6人は薬は不要となります。とくに、女性の場合は10人に9人は薬が不要となるでしょう。
心筋梗塞の発生率は,10万人当たり米国197人,日本42人.
日本動脈硬化学会高脂血症診療ガイドライン検討委員会:動脈硬化,25(1.2)

【3】家族性高コレステロール血症やすでに心筋梗塞になった人などを除けば、悪玉コレステロール値上昇が心筋梗塞発症に与える影響は小さい

 総コレステロール値は動脈硬化予防効果のある善玉コレステロール値と動脈硬化を促進する悪玉コレステロール値の両者を含んでいるので、欧米では5年以上前から総コレステロール値は治療開始の指標にすべきではないとされています。また、この4-5年の間に日本における心筋梗塞を増やす危険因子の疫学調査が数多く発表されました。
 2004年9月北海道大学医学部の発表では、急性心筋梗塞とそれ以外で入院した患者を比較して、心筋梗塞の危険因子としては、男性では1)善玉コレステロール値が低いこと、2)高血圧、3)糖尿病の順番で、女性では1)高血圧、2)善玉コレステロール値が低いこと、3)糖尿病の順で重要であったとしています。総コレステロール値が高いこと、悪玉コレステロール値が高いことは、危険因子となっていませんでした。
 2006年7月には総コレステロール値が270mg/dl以下の軽度から中等度の高コレステロール血症の日本人約8,000人をコレステロール低下薬を使った群と使わずに食事療法のみにした群の2群に分けて5年〜6年間追跡調査した発表(MEGA Study)がありました。ここでも、総コレステロール値、悪玉コレステロール値は心筋梗塞・狭心症の危険因子となっていませんでした。
参考MEGA Studyは信用できない

冠動脈10年リスク評価ツールを使って、作製。日本人ではこの1/4くらいの発症率と考えてよい。


【4】総コレステロール値が高いと脳卒中は減る

 日本人約9,000人を19年間追跡調査し、心筋梗塞や脳卒中などによる死亡率を調べた論文(NIPPON DATA80)が2006年10月に発表されました。心筋梗塞死亡率は総コレステロール値が高くなると男性では増加しましたが、女性ではほとんど影響ありませんでした。
 逆に、脳卒中死亡率は男女ともコレステロール値が高い方が低くなりました。脳卒中と心筋梗塞を合わせた死亡率は、男性では総コレステロール値上昇とともにやや増加傾向、女性では逆にやや低下傾向になりました。
 結局、脳卒中と心筋梗塞を合計した死亡率から考えると、女性では総コレステロール値は260-280mg/dのほうが160-180mg/dlよりもよさそうです(表1)。ですから、総コレステロール値280mg/dl以下の女性の高コレステロール血症を薬物治療することは異常なのです。

これら以外でも、国外、国内とも280mg/dl以下の中等度の高コレステロール血症の女性では、他の危険因子が少ない場合はコレステロール低下療法による心筋梗塞予防効果は期待できないという報告しかありません。


【5】心筋梗塞予防には、何が大事か

 総コレステロール値が心筋梗塞の発症に重要でないとすると、一体なにが大事でなのでしょうか。多くの国内の調査では、善玉(HDL)コレステロール値、高血圧の有無が男女とも最も重要となっています。また、糖尿病や喫煙習慣の有無も大切であると報告されています(図1)。
 一方、総コレステロール値と悪玉コレステロール値は心筋梗塞の発症率にほとんど影響しなかったという報告が相次いで最近みられます。にもかかわらず、なぜ悪玉コレステロールが注目されているのか、それは製薬会社、食品会社、コレステロールの研究者にとって、都合よく稼げるからです。
 善玉コレステロール値が重要であるとわかっていても、これを上げるのは運動と飲酒、魚食くらいしかなく、これは商品化や独占化が難しいのです。



【6】『心筋梗塞になる本当の危険度』を知る

 「総コレステロール値が180から240mg/dlに上がると心筋梗塞の危険性が2倍になりますよ。だから危険ですよ」。この危険度を相対危険度と言います。一方、「10年間で心筋梗塞になる危険度は5%ですよ」。この危険度を絶対危険度と言います。本当の危険度は絶対危険度でないと意味がありません。
 たとえば、「太ると乳癌が3倍に増えますよ。だから男性も乳癌を減らすために、肥満を予防しましょう」という主張があったとする。しかし、女性の1/100しか乳癌がない男性には、乳癌対策があまり意味のないことは理解できます。相対危険度の実質的な意義は薄いのです。
 欧米では統計資料に基づき、絶対危険度を求めて、治療するかしないかの目安にしています。日本では絶対危険度を求める信頼できる資料がないということと、もしできたとしても、コレステロール低下療法の効率の低さが明らかになるため公表されない背景があるといえます。相対危険度で患者の不安をあおって、薬物治療を拡大しているとも言えます。
 私はこのことを是正するために、米国が発表している『冠動脈10年リスク評価ツール』に日本人向けに修正を加えて診療に役立つパソコンソフトを作りました。これで、日本人でも10年間で心筋梗塞になる危険度をパソコンで計算できるようにしました。これによって、どれくらいコレステロール低下療法の効果があるかも予測できるようになりました。結果として、日本での薬物療法の効果は、極めて過大評価であることがわかりました(図2)。この内容は「週刊朝日」2004年3月12日号で、4ページにわたって紹介されました。
 また、青森県立保健大学/嵯峨井教授は、私が作ったソフトを使って、地域健診の資料から心筋梗塞の危険因子を検討し、動脈硬化学会に発表。『 <心筋梗塞>総コレステロール値と無関係』という見出しで、毎日新聞朝刊2005年7月16日号の第一面に大きく取り上げられました。
 以上の理由で、現在の日本での高コレステロール血症の薬物治療は、過剰投薬となっていることはあきらかです。製薬会社、食品会社、健康食品会社の利益追求の結果、医療が大きくゆがめられていると考えています。また、ほとんどの医師は、皆さん同様に今回示した資料の詳細を全く知りません。皆さんが高コレステロール血症の治療を受けるときには、この点を注意して、最終的にご自身で判断されることをお勧めします。
 最後に高コレステロール血症治療薬よりも、さらにひどい状況が、健康補助食品(サプリメント)で起こっています。健康食品の大部分がその効果を実証されておらず、疾病予防、健康維持効果はほとんど期待できません。また、一部の商品は有害であったとの報告も多くあります。サプリメントの評価に対しては、極めて慎重に対応する必要があります。