■インフルエンザ脳症ガイドラインの解説■

公開日2006.01.18 更新日2006.01.18 TOPへ  インフルエンザとワクチンの解説へ  メニューを隠す

本邦初のインフルエンザ脳症のガイドラインが厚生労働省から発表されたので以前の解説に説明を追加した。
(1)インフルエンザ脳症とは
 インフルエンザ脳症とは、インフルエンザになった乳幼児が、突然に痙攣をおこし、意識障害が急速に進行し、1-3割が死亡する重篤な疾患である。本邦では年間数百人が発病し、適切な治療が行われない場合には死亡率は30%、後遺症が25%とされている。しかし、インフルエンザ脳症患者の髄液や死亡後の脳組織からはインフルエンザウイルスは検出されない。つまり、ウイルスが脳内に進入して、直接脳障害を起こしているのではない。ウイルスに対抗して過剰に造られたサイトカインが、血液から脳内へ移行するために脳障害が生じると考えられている。乳幼児では血管と脳の障壁(脳血管バリヤー)が未熟なのだ。
 インフルエンザ脳症の患者数は、流行規模によって変動するが、死亡率はここ数年、低下傾向にある。ステロイドパルス療法などの治療法の普及と、インフルエンザ脳症の重症化に関与するジクロフェナク、メフェナム酸などの解熱剤の使用が激減したためと推測されている。
参考までに、B型インフルエンザでは、脳症の発症頻度は低いが、発症した場合の予後はA型よりも悪いという。
 このインフルエンザ脳症の診断と治療のガイドラインが20005年11月に厚生労働省インフルエンザ脳症研究班(主任研究者:岡山大小児科教授の森島恒雄氏)から発表された。  
その内容は
(1)初期対応(2)診断指針(3)治療指針(4)後遺症に対するリハビリテーション(5)家族・遺族のケアの5項目から構成されている。 詳しくは26ページに及ぶガイドラインPDFをみてほしい。
  ここでは (1)初期対応、(2)診断指針、(3)治療指針を紹介する。
(1)初期対応
 初期診療に携わる診療所にとって、インフルエンザ脳症が疑われる症例に対する初期対応が最も重要である。下の表は初期対応のフローチャートである。インフルエンザ患者で脳症を疑うポイントは、意識障害、けいれん(痙攣)、異常言動・行動の3つである。インフルエンザでけいれんを起こす患児は、全体の2-5%である。
初期対応
症状
対応
●明らかな意識障害あり※1) 直ちに2次または3次医療機関へ紹介する。
※1)ただし、抗けいれん薬が使われている場合、薬剤による眠気・ふらつきなのか、脳症による意識障害なのかの判断に迷うケースがある。
●けいれん「複雑型」
  けいれんが「15分以上持続する」、または「繰り返す」、または「左右対称でない」
2次または3次医療機関へ紹介する。
●けいれん「単純型※2)」 異常言動・行動が合併※3) 異常行動がおおむね1時間以上連続・断続する患者、または異常行動に加えて意識状態が明らかに悪いか悪化する患者は、速やかに2次または3次医療機関へに紹介する。
※3)病初期に現れる幻視、幻覚、異常な興奮などを指す(表1)。年長児に多く、発熱は必ずしも伴わない。
異常言動・行動が合併しない 単純型の場合、けいれんが治まって意識がはっきりしていれば経過観察していいが、「呼びかけには反応するが、返答があいまいでポーツとしている」など、意識状態の判定が困難な場合は、意識の回復が確認できるまで院内で経過観察※4する。目安として1時間経過しても意識がはっきりしない場合は、搬送する。
※2)単純型とは、(1)持続時間が15分以内、かつ(2).繰り返しのないもの、かつ(3)左右対称のけいれん。(1)(2)(3)を満たすもの
※4)経過観察とは、その時点では脳症のリスクが低いと思われる場合である。その後、神経症状の再燃あるいは新しい症状が出現した場合は、必ず再診するよう指示する。

(2)診断指針

症状・所見
治療
●細菌性髄膜炎などが否定的で、
(1)意識障害(Japan Coma Scale(JCS)で20以上、つまり大きな声または体を揺さぶることにより開眼するレベル)または
(2)頭部CTにおけるびまん性低吸収域、局所性低吸収域、脳幹浮腫、皮髄境界不鮮明の所見一のいずれかがある※1)。
確定例として特異的治療(ステロイドパルス療法など)を始める。
●細菌性髄膜炎などが否定的で、CTで脳浮腫が疑われる。 特異的治療の対象とする。
上記の所見がない場合 入院経過観察とする。
ただし、(1)意識障害が増悪する、(1)JCS10(普通の呼びかけで容易に開眼するレベル)以上の意識障害が24時間以上続場合 特異的治療を開始する。
※1)インフルエンザ脳症の中には、けいれん重積で発症し、当初は軽い神経症状が徐々に悪化、画像上の異常が遅れて出現するタイプがある。このような「けいれん重積型」の患者は全体の1割程度を占め、診断に時間がかかり、死亡例は少ないものの知的障害などの後遺症を残しやすいため、注意が必要だ。

(3)治療指針
 基本姿勢は「過剰診療の恐れがあっても積極的な治療を行う」という。来院時、まずは細菌性髄膜炎などとの鑑別を行う。その上で、 、一般的な支持療法のほか、特異的治療として抗ウイルス薬(オセルタミビル)、ステロイド(メチルプレドニゾロン)パルス療法、γ-グロブリン大量療法の3つを挙げ、特にステロイドパルス療法を推奨している。早期(発症1-2日)にステロイドパルス療法を行った症例では予後が比較的良好と報告されている。そのほかの治療法として、脳低体温療法や血漿交換療法なども行われているが、現時点では治療効果についての十分な証拠がない。けいれん重積型の背景にはテオフィリンの関与も示唆されているため、インフルエンザ脳症が疑われる症例ではテオフィリンの使用は控える。

参考
●1)「インフルエンザ脳症ガイドライン」厚生労働省 インフルエンザ脳症研究班2005年11月発表
http://idsc.nih.go.jp/disease/influenza/index.html
●2)日経メディカル2006.1月号p26「インフルエンザ脳症に待望のガイドライン」
2006年1月18日記 2006年2月15日修正