【レクチャールームNO.8】

 公開日2007.11.14 更新日2007.12.28  TOPへ  左メニューを隠す メニューへ 次へ
このサイトは参考となった講演会・論説の内容を紹介しています。
〜 喫煙対策はメタボリック症候群対策に優先する 〜
 日本禁煙学会理事・深川市立病院内科主任医長 松崎道幸一(まつざき みちゆき)先生
日本医事新報2006年10月7日号学術記事からの抜粋。
 世界保健機関WHOは先進国が取り組むべき最も効果ある保健医療課題は、喫煙対策と言っています。日本では税収、政府が株主となっているJTなどの政治的な理由で禁煙対策が後回しにされています。喫煙に関する的確な情報がもっと公開され、一般の方々にも広く普及することを望みます(前田)。


◇はじめに◇
 以下は、日本医事新報(2006年10月7日号 p62-67)の「「喫煙は日本人の最大の死亡原因〜 喫煙対策はメタボリック症候群対策に優先する 〜」(松崎道幸一)先生の発表内容の抜粋です。一般の方でも読みやすいように、かなり分量を減らし、アレンジしました。できるだけ主旨が損なわれないように配慮しましたが、原文ではありませんのでご了承ください。

【要旨】
日本人の早死の原因のなかで、喫煙は最大の予防可能な因子であることは、最新の研究調査により証明されている。
  ところが、厚生労働省は禁煙を後回しにして、メタボリック症候群対策を最優先課題とした。この方針は大いに疑問である。喫煙者に「要禁煙治療」と通知しない現在の健康診断・人間ドックのあり方も見直す必要がある。

1)喫煙は働き盛り日本人男性の最大の死亡原因である。
日本人の「全死亡※1)」に関連する要因は何か、とりわけ働き盛りの人にとって、何が健康の敵であろうか。表1に1980年以降の日本人中年男性における主要な国内調査※2)の結果をまとめた。
表1をみると肥満高コレステロール血症が働き盛りの日本人男性の全死亡を増やす因子になっていないことがわかる。一方、喫煙高血圧は、ほとんどすべての調査で全死亡を増やす要因となっている。
※1)全死亡とは、癌、脳卒中、心臓病、そのたによるすべての死亡の合計。
※2)調査の方法は、コホート調査と呼ばれと、一定地域や一定職域の一定条件を満たした集団の健康状態や疾患の発生・進展を集団単位で究明しようとする疫学調査方法。
表1:1980年以降の日本人中年男性における主要な国内コホート調査の結果をまとめ。
図1:茨城県で40歳以上の健診受診者3万2000人を対象に行われた全死亡率の調査結果(1993-2003年)
 では、喫煙と高血圧のどちらが働き盛りの日本人男性の命を奪う一番の因子であろうか。
  最新の茨城県の調査結果では(図1)、喫煙で2.1倍管理不十分な高血圧では1.5倍高血糖では1.4倍に全死亡率が増加した。
  一方、肥満や高コレステロール血症では、全死亡率は増加しなかった
図2:各因子が全死亡にどれだけ関係しているか。茨城県の40-79歳男性での調査
 各因子が全死亡にどれだけ関係しているかをみると、茨城県の40-79歳男性死亡の24%は喫煙に関連しており、高血圧の11%、糖尿病の3%を大きく上回っていた(図2)。このように、茨城県の調査では、喫煙が高血圧よりも危険であることが示された。
  茨城県と日本全体の健康リスク因子のプロフィールに大きな差がなく、表1に示したように他の疫学調査でも、日本人中年男性の全死亡に対する喫煙の寄与率は20-30%と推定されていることを考え合わせると、喫煙が中年日本人男性の最大の予防可能な早死因子であることは間違いない。
2)日本人男性のがん死亡の3-4割は喫煙が原因である。
 厚生労働省の研究によれば、男性のがんの29%、女性のがんの3%は、タバコを吸っていなければ防げたはずであるという。毎年約9万人(全がん死亡の3分の1)がタバコによって、がんで死ぬ計算になる。茨城県の調査では、男性のがん死の39%が喫煙に起因していた。厚生労働省の調査よりも高い数値となっていた。
3)禁煙なくして心筋梗塞予防なし。
 心筋梗塞で倒れた日本人男性が一番多く持っていた冠危険因子※3)は喫煙である(高血圧12%、高コレステロール血症27%、耐糖能異常※4)11%、肥満12%、喫煙55%:3M研究)。心筋梗塞リスクの増加度は、男性では高血圧(4.8倍)、喫煙(4.0倍)、糖尿病(2.9倍)、高コレステロール血症(1.5倍)の順であったが、女性では喫煙(8.2倍)、糖尿病(6.1倍)、高血圧(5.0倍)と、喫煙が最大の心筋梗塞発病促進因子となっていた(JACSS研究)。コレステロール値は(統計学的に)関連がなかった。
 1日21本以上タバコを吸う30歳以上男性の心筋梗塞死リスクの大きさは非喫煙者群の4.25倍であり、総コレステロール280mg/dl群の3.9倍、収縮期血圧180mmHg群の2.66倍を大きく上回っていた(図3:NIPPON DATA80)。これは、喫煙が重症高血圧・重症高コレステロール血症に匹敵する冠危険因子であることを示す。
 1日21本以上の喫煙が総コレステロール300mg/dlあるいは収縮期血圧200mmHgと、心筋梗塞で死ぬ危険をもたらす因子として同等であるという証拠がある。
 一方、法定健診や人間ドックでは、総コレステロール300mg/dlや収縮期血圧200mmHgには即座に「要治療」というレッドカードを発行するが、1日100本の喫煙者に対しては何もいわないというおかしな仕組みがまかり通っている。
※3)冠危険因子とは、狭心症や心筋梗塞の原因となる因子、具体的には「喫煙」、「高血圧」、「糖尿病」、「高脂血症」、「年齢」、「性差」などをいう。
※4) 耐糖能異常とは、ブドウ糖を処理する能力の低下をいう。通常の検査で診断される糖尿病だけでなく、「境界型糖尿病」も含まれる。
4)禁煙なくしてメタボリック症候群の予防なし
メタボリック症候群という概念には、喫煙や高血圧、糖尿病などの心血管疾患の従来からの危険因子の重積以上の特別な危険予測能があるかどうか証明されていない。にもかかわらず、厚生労働省はメタボリック症候群対策を最優先課題としている。
図4※:メタボリック症候群になると、どれほど死にやすくなるのか。( スウェーデン男性における30年以上の追跡調査)

 メタボリック症候群になると、どれほど死にやすくなるのであろうか。スウェーデン男性における30年以上の追跡調査成績では、メタボリック症候群による全死亡リスクの増加率は30%程度、喫煙の92%、糖尿病の64%、高血圧の55%に遠く及ばない(図4)。

※図3は省略

図5:喫煙そのものがメタボリック症候群を増やす
タバコにインスリン抵抗性増加作用があるため、喫煙そのものがメタボリック症候群を増やす。1日40本以上ではメタボリック症候群リスクが、3.4倍に増えることを報告した(表2A:Ishizakiら)。21本/日以上の喫煙者のメタボリック症候群発病リスクが非喫煙者の1.5倍に増加するとの報告もある(Nakanishi)。
 さらに、米国の12-19歳の青少年でメタボリック症候群と診断された者は、自らタバコも吸わず家庭での受動喫煙もない場合は100人当たり1人であったが、受動喫煙が高度になると7〜8人、自分でタバコを吸う場合には9人となった。受動喫煙によってもメタボリック症候群リスクが高まると言える。

 以上検討してきたように、喫煙者を放置したままメタボリック症候群対策を行っても、心血管疾患が大幅に減ることはほとんど期待できない。それどころか、メタボリック症候群対策を強調することにより、全死亡に最も関与している「喫煙」から国民の目をそらし、喫煙対策を大きく遅らせる結果になる。
 今後4年間のわが国の保健対策の柱となる「特定健診・特定保健指導の趣旨・概要について」(厚生労働省保険局)という文書をみると、メタボリック症候群対策については事細かに述べられているが、積極的喫煙対策はまったくない。
 メタボリック症候群により増加が懸念される心脳血管疾患死亡を減らすためにも、禁煙が最優先課題であることを証拠に基づいて強調すべきである。人間ドック・法定健診受診喫煙者には「要禁煙治療」と通知し、強力な禁煙勧奨を行うよう制度を見直すべきである。

5)喫煙の害は一般市民にしっかりと認識されていない
 「生活習慣病に関する世論調査(内閣府大臣官房政府広報室、2000年2月)」によれば、高血圧、高脂血症、糖尿病を非常にこわい病気と答えた人の割合は、それぞれ52.5%、37.6%、71.8%であった。他方、喫煙が健康に与える影響について「とても気になる」と答えた者は30%であった(2003年国民健康・栄養調査結果の概要)。これは現在の日本人男性の全死亡リスク増加に関与していない高脂血症にさえ及ばぬ低い比率である。この認識の低さは、日本人男性の早死原因のトップが喫煙であるという重要な情報が国民にほとんど伝わっていないことを裏づけている。
 法定健康診断(健診)・人間ドックが、「喫煙あり」に対して「要禁煙治療」という通知を出してこなかったことに責任の一端があると考えられる。国民の大部分は、人間ドックでタバコについて何もいわれなかったので、禁煙する必要性は低いと思い込んでしまう。
 「喫煙」が検診項目に含まれていないために、1日100本のヘビースモーカーであっても「要禁煙」という通知を発行できないシステムに、現在の健診・人間ドックはなっている。
 現在の人間ドックでは、尿酸値や総コレステロール値がわずかに上限を越えただけでも健診受診者に「要再検」の通知が届く。ところが、最も生死に関わる喫煙については何の通知も出されない。どんなに高額な人間ドックを受けても、喫煙が最大の健康危険因子であるという情報は喫煙者に提供されない。
 喫煙が最も生死に関わるという証拠が存在するのに、それを適切に喫煙者に伝えないことは医療過誤である。健診で収縮期血圧が200mmHgなのに、医師がそれを受診者に告知せず、治療の必要をしっかり説明しなかったなら、それは犯罪である。この国の健診・人間ドックが喫煙者に正しい情報を伝えて行動変容を図る責任をしっかり果たしてきたのかどうかが今問われている。
6)結論:現在の日本人の健康を守るための最優先課題は禁煙である。
1. 喫煙は働き盛り日本人男性の最大の死亡原因である。
2. 日本人男性のがん死亡の3-4割は喫煙が原因である。
3. 1日1箱強の喫煙は、重症高血圧に匹敵する心筋梗塞死リスクをもたらす。
4. 能動喫煙も受動喫煙もメタボリック症候群のリスクを大きく増やす。
5. 現在の日本人の健康を守るための最優先課題は禁煙である。
6. 法定健診・人間ドックを受診した喫煙者に「要禁煙治療」と通知するように制度を変えるべきである。
7. 厚生労働省の生活習慣病予防標語「1に運動、2に食事、しっかり禁煙、最後にクスリ」は
    「1に禁煙、2に運動と食事、最後にクスリ」に変更すべきである。

作成2006年11月2日 最後の校正2007年12月28日 公開2007年11月14日