■肥大型心筋症の解説■

公開日2003.11.21 更新日2007.04.24  TOPへ  肥大型心筋症の症例をみる  左メニューを隠す

参考書
●1)目で見る循環器病シリーズ14 心筋症 廣済堂2000.11.1発行 松森 昭編集 (京都大学院医学研究科循環器病態助教授)
●2)心筋症患者数の変遷 日本医事新報No.4149 2003.11.1 p91-92  猪股孝元 (北里内科講師)
●3)心筋症を知る 心臓病診療プラクティス 文光堂1996.12.23発行 松崎益徳編(山口大学医学部教授)
●4)肥大型心筋症の自然歴-突然死をめって 循環器科 1993;33;533-538  中田真詩ら 
●5)肥大型心筋症をみなおす Heart View Vol 2.No.4 April 1998
●6)特集●心筋症 日本内科学会雑誌Vol.82No.2 1993.2.10  
●7)今日の診療Vol.13 CD-ROM (C)2003 IGAKU-SHOIN Tokyo

【心筋症とは】
 従来、「心筋症」は「原因不明の心筋疾患」とされ、「特発性心筋症」 と呼ばれていた。しかし、近年は病因遺伝子の解明研究が進み、もはや「原因不 明」という定義はふさわしくなくなった。1995年のWHO/ISFC合同委員会の新しい定義では、「心機能障害を伴う心筋疾患」と定義し直されている。つまり、原因不明ではなく、複数の原因によっておこる心筋障害の集合である 。
  類義語として「特定心筋症(または特定心筋疾患)」 がある。これは従 来「二次性心筋症」と呼ばれていた。「原因または全身疾患との関連が明らかな心筋疾患」として「心筋症」から区別されている。 心筋症は次の5つに分類されているが、大部分は拡張型心筋症と肥大型心筋症であり、残りはまれな病気である。
【心筋症の種類】
心筋症の種類 (1995年のWHO/ISFC合同委員会による心筋症の病型分類)
病型
特徴
1.拡張型心筋症
dilated
cardiomyopathy
心腔の拡張と心筋の収縮力の低下を特徴とする。日本での重症心不全の大部分を占める。
心エコー検査では、「大きな左室内腔と全体的に非常に動きの悪い左室」が典型的所見。
2.肥大型心筋症
hypertrophic cardiomyopathy
左室壁の不均一な著しい肥大を特徴とする。心腔の大きさは正常または狭小化し、肥大のために心腔は硬く拡がりにくくなる。また心室中隔上部(左室の出口近傍の心室中隔)の肥大が高度だと、左室の出口で収縮期に狭窄を生じ、血液の駆出に強い障害が生じる(閉塞性肥大型心筋症と呼ぶ)。
 心エコー検査では、「左室内腔の大きさは、正常か、狭くなる。特に心尖部が狭く、収縮期にはほとんど閉塞する。心室中隔や心尖部など局所的な著しい局所的な肥大がみられる。左室壁の動きは通常良好である。」が典型的所見。
3.拘束型心筋症
restrictive
cardiomyopathy
心室の高度の拡張障害と心腔の狭小化を認める、いわば弾力のない硬い心臓である。心室の壁厚は正常、左室壁の動きもほぼ正常である。かなりまれな心筋症である。
  心エコー検査では、「左室内腔はやや小さい。左室壁の肥大はなく、動きはほぼ正常。硬い左室であることによる僧帽弁口血流パターンの異常を認める。」が典型的所見。日本では極めてまれ、10年生存率10%とかなり予後が悪い。
4.不整脈源性右室心筋症 上記3型はおもに左室が障害されるが、この型は右室筋が線維や脂肪に進行性に置き換わり、右室壁が薄くなり、心室性不整脈を頻発する疾患である。若年者で不整脈による突然死が多い。
5.分類不能の心筋症 上記以外の心筋症。多くはウイルス性心筋炎の後遺症である可能性があると言われている。
特定心筋症(特定心筋疾患とも呼ぶ)
○虚血性、○弁膜性、○高血圧性、○炎症性、○代謝性、○全身性(膠原病、サルコイドーシスなど)、○筋ジストロフィー、○神経・筋疾患、○過敏症・中毒(アルコール、薬物、放射線、カテコラミン)、○周産期心筋症

【肥大型心筋症とは】
hypertrophic cardiomyopathy:HCM

 肥大型心筋症はおもに左室、時に左右心室の肥大を特徴とする。心筋の肥大は一様ではなく、局所的に強い肥大が生じる場合が多い。心室の内腔は正常または狭くなっている。肥大のために心臓の弾力性が低下し、拡張期に拡がりにくくなる。
 左室の出口付近である上部心室中隔の肥厚が著明なために、左室流出路の狭窄を生じ、圧較差を伴うものを閉塞性肥大型心筋症と呼ぶ。閉塞性と非閉塞性は肥厚の部位と程度による違いであり、本質的な違いではない。心尖部のみが厚くなったものを心尖部肥大型心筋症と呼ぶ。心エコー法の発達と普及に伴って、肥大型心筋症が多数発見、確認されるようになった。

【病因】

 約半分の肥大型心筋症は遺伝子の異常であることが分かっている。つまり、これらは遺伝子病なのである。心筋のタンパクの遺伝子、ミトコンドリアの遺伝子、代謝に関係する遺伝子などの異常が見つかっている。遺伝形式は、優性遺伝、劣性遺伝、突然変異と考えられる散発例もある。遺伝子変異以外の要因も可能性がある。つまり、肥大型心筋症の病因は一つではない。
 もっとも一般的な非対称性中隔肥大を示す肥大型心筋症の場合は、その半数が常染色体優生遺伝を示す。遺伝子の変異を持っていても発症しない者もいるために、両親のどちらか一方が2本ある染色体のうち、1つに変異を持っている場合でも、その子供の発症率は50%以下になる。一方、全周性肥大や心尖部肥大は遺伝傾向が弱い。

【疫学】

 「心筋症の患者の数はどれくらいか」、「病気の経過はどうなるのか」、などについては、●疾患の概念や診断基準が確立されていなかった、●集団検診向きの簡便な検査法がないなどの理由で、未だによくにわかっていない。正確な発生頻度や発症・進展に関与する危険因子を疫学的に解明することは、今後の心筋症の治療のための重要である。

■有病率■
 上記の理由で、肥大型心筋症の頻度(有病率)は調査方法によって大きく異なり、結果のばらつきが大きい。人口10万人に対する頻度の報告は、日本では170人〜374人、欧米では19.7〜1、100人とまちまちである。通常の診察や検査では見落とされやすい病気なので、過小評価されやすいことを考慮に入れておく必要がある。対象者全例に心エコー検査を行った日本と欧米の報告では、人口10万人あたり374人、170人の頻度が示されている。肥大型心筋症とそれと類似した左室肥大との区別が簡単ではないので正確な数字は不明だが、家族内発症は約10%程度である。

■年齢・性別■
 大半は思春期以降に肥大が発現すると考えられているので、小児は少ない。男性では40歳〜50歳代が多いが、女性では年齢分布に差がない。30歳以上では男女比はおよそ3倍で、男性に多い。非閉塞性の心室中隔肥厚や心尖部肥大は40歳以降に好発している。

■自然歴・予後■ 詳しくは[自然経過、予後と転帰]で述べる
 異常肥大は生まれつきみられるものではなく、思春期以降に発現すると考えられる。20〜30代には比較的安定しているが、40歳以降には著明な肥大を示すようになる。肥大型心筋症の10年死亡率は20%である。拡張型心筋症よりましだが、同世代に比べたら悪い。突然死や塞栓死(心房細動)が予後を左右する。

【病型分類】  

●閉塞性肥大型心筋症●hypertrophic obstructive cardiomyopathy:HOCM
 左室の流出が駆出記に閉塞、狭窄を起こすタイプ。連続波超音波ドプラー法で30mmHg以上の圧較差が認められれば、閉塞性と診断される。

●心室中部閉塞性肥大型心筋症●midventricular obstruction:MVO
 肥大に伴う心室中部の内腔狭窄があり、その前後に連続波超音波ドプラー法で30mmHg以上の圧較差が認めらる場合をいう。

●心尖部肥大型心筋症●apical hypertrophic cardiomyopathy:AHP

 心尖部肥大型心筋症は欧米よりも日本に多い。心電図で特徴的な異常を示すことが多い(巨大陰性T波(10mm以上の陰性T波)と左室高電位)。左室は心尖部の肥厚が特に著しく、心尖部左室腔は狭くなり、「スペード型」を呈する。 非対称性中隔肥厚タイプやび漫性心室肥厚タイプ と異なり、若年発症は非常にまれで、40歳以上の男性に多い。家族内発症が少なく、散発例がほとんどである。心尖部肥大型心筋症のみを発症する家系は報告されていない。10年以上の長期観察ではほとんどの症例で心電図R波の減高や巨大陰性T波の消失が見られ、心エコーでは心尖部の肥大が心基部へ対称性に広がると報告している。一部は肥大型心筋症の初期像としての心尖部肥大であるのかもしれない(●3)p7、p15)。

●拡張相肥大型心筋症● dilated form of HCM:D-HCM

 肥大型心筋症から拡張型心筋症様病態に移行したと考えられるものである。左室内腔は拡大し、左室壁の動きが低下する。病態の進行とともに心室壁は徐々に薄くなる。心筋への血流が不足するために、心筋の脱落や線維化がおこり、心室壁が菲薄化すると考えられている。欧米では肥大型心筋症の約10〜15%が拡張相に進行すると報告されている。拡張相肥大型心筋症は心不全をきたし、予後は不良である。

【症状】

 肥大型心筋症は無症状であることが多いが、加齢とともに徐々に症状が出現してくる。 最も一般的な症状は軽い息切れである。しかし、これは肥大型心筋症以外でもよくみられる症状である。著しい左室肥大、左室内圧較差、左室拡張能障害、心筋虚血などの複数の要因が複雑に絡んで、心臓の予備能力の低下により症状がおこるものと考えられる。他には、胸部圧迫感、胸痛、動悸、易疲労感などがある。重篤な症状としては失神、めまいがある。胸痛は労作時だけでなく、非労作時にもおこりうる。肥大の程度と自覚症状は相関しないが、高度の肥大は突然死の予測因子となっている。
  肥大型心筋症で最も注意がいるのは突然死である。肥大型心筋症の死亡率は、年間約1〜3%と言われ、大半が突然死である。突然死はすべての年齢でで起こりうるが、30歳以下、失神歴、突然死の家族歴、心筋虚血所見、持続性または非持続性心室頻拍(ホルター心電図)、著明な左室肥大などがあると突然死の危険性が高くなる。突然死のおもな原因は心室頻拍などの不整脈と考えられているが、正確な機序は不明である。

【検査】

【1】心電図検査
 肥大型心筋症は心電図異常から見つかることが最も多い 。しかし、肥大型心筋症の約15%は心電図異常がない。心電図のST-T変化(自動心電図診断では、心筋虚血、陰性T波、左室肥大などと呼ばれている)が最も頻繁にみる心電図所見である。他には、左室側高電位(左室肥大)、左軸偏位、左房性P波、異常Q波、脚ブロック、WPW症候群、QT延長などの心電図異常がみられる。また、不整脈の合併も少なくない。75%以上に心室性不整脈が見られる。突然死の危険性がある非持続性心室性頻拍は25%にみられたという。上室性頻拍は25〜50%に、心房細動は約10%にみられる。

【2】心エコー・ドプラ検査
 心エコー検査は、肥大型心筋症の診断に最も有用な検査法である。特に特徴的な所見として非対称性心室中隔肥大がある。非対称性心室中隔肥大は、心室中隔と左室後壁の壁厚の比が1.3以上と定義されている。1.5以上の非対称性心室中隔肥大は他の左室肥大をおこす疾患(高血圧、大動脈弁狭窄症など)では少なく、肥大型心筋症の可能性が高くなる。しかし、熟練していない検査者が屈曲した中隔を誤って厚い中隔と勘違いすることもしばしば見られるので、注意が必要である。左室腔は心尖部で狭小化していることが多い。
  左室肥大によって狭くなった左室流出路を通過する高速血流によって、僧帽弁や腱索が前方に引き寄せられる動きを見せることがある。左室壁の収縮期の動きは良好である。僧帽弁口血流パターンから左室の拡張能の低下を推測することができる。

【3】胸部レントゲン検査
  肥大型心筋症に特徴的な所見は少ない。心拡大は通常軽度である。

【4】心臓カテーテル・冠動脈造影検査・心筋生検
 血管を通して心臓の中にカテーテルという細い管をいれ、心臓内の血圧測定、心臓の働き、冠動脈の狭窄の有無などを調べる。心臓に筋肉を数ミリほどかじりとって、顕微鏡で観察する心筋生検も行われる。心臓カテーテル検査は、すべての肥大型心筋症の診断に必要というものではない。

【合併症】

【1】突然死、心室性頻拍
 突然死の原因の多くは、心室性頻拍などの不整脈と考えられている。これに対してはアミオダロンがよく使われる。より重症では、薬物ではなく、ICD(植え込み型除細動器)を考慮する。

【2】心房細動・脳塞栓症
 心房細動を合併した肥大型心筋症は、心房細動単独の患者さんよりもずっと高頻度に脳塞栓(心臓内でできた血の塊が流れ飛んで、脳の血管に詰まることにより生じた脳梗塞)を起こしやすい。肥大型心筋症に合併した心房細動は、アスピリンではなく、ワーファリン治療が勧められる。

【3】感染性心内膜炎
  抜歯などの処置時には予防的な抗菌薬投与を必ず行うことを勧める。

【4】心不全 心不全の症例をみる
 拡張能の低下、拡張相における収縮力の低下、僧帽弁閉鎖不全の合併などにより、心不全になることがある。心不全の対症療法を行う。

【自然経過、予後と転帰】

●非対称性心室中隔肥厚の発現●
  新生児でも認められているが、心室肥厚が進展する年齢は10歳代であると報告がある。ある報告では中学生時代に最も多く発現すると言っている。

●拡張相の肥大型心筋症●
 肥大型心筋症の中には高度の心筋障害を示し、拡張型心筋症のような動きの悪い心臓へ移行する例がある。Spiritoらは67例の肥大型心筋症では、心臓の動きの悪い13例中(駆出率50%以下)の8例(62%)が3.6年間の経過中に心室壁が薄くなった。さらに、心室壁が薄くなり、心室腔が拡大して、拡張型心筋症に似た様相を呈したのは8例(11.9%)であった。心室壁の動きがよい例(駆出率50%以上)の54例中では、2例(4%)のみが3.6年間の経過中に心室壁が薄くなった。
  肥大型心筋症139例の平均10.3年のSeilerらの経過観察では、心腔拡大と収縮能の低下の出現頻度は14%であった。
 なお、拡張相に移行する肥大型心筋症と移行しない肥大型心筋症がもともと異なる疾患群かどうかは分かっていない。

●流出路狭窄の変化●
 中田らによれば、発症初期は中隔の肥厚とともに流出路狭窄が増強するが、その後は心筋障害で収縮力が低下し、10年以上経過すると閉塞性肥大型心筋症の約60%で、狭窄は減弱または消失するという。

●心尖部肥大型心筋症の経過、予後●
 突然死はほとんどなく、一般的には予後良好と言われている。しかし、10年以上観察した11症例中では、6例で非持続性心室性頻拍を認めたとの報告や急死例もある。巨大陰性T波は21例中15例で消失し、そのうち8例では左室肥大もなくなった。一部は収縮不全になる可能性があると述べている解説もある。10年以上の長期観察ではほとんどの症例で心電図R波の減高や巨大陰性T波の消失が見られ、心エコーでは心尖部の肥大が心基部へ対称性に広がると報告している。肥大型心筋症の初期像としての心尖部肥大があるのかもしれない(●3p7、p15)。

●肥大型心筋症の経過、予後●
 肥大型心筋症の自然経過は、一生無症状のものから、急死する人、心不全を発症する人など多彩である。厚生研究班の調査によると成人で発症する肥大型心筋症は、5年生存率92%、10年生存率約80%と比較的良好である。しかし、成人の10年生存率が約80%であるのに比べて、小児では約50%と若年発症者の生命予後は不良である。 特に、若年発症例、家族性の強いもの、めまいや失神などの症状があるものなどは予後が悪い。

【死因】

 肥大型心筋症の関連死としては、1)突然死、2)心不全死、3)心房細動に伴う脳塞栓症が有用である。年齢分布は、若年から高齢まで広い。小児期から青年期は突然死や拡張不全による心不全死が多い。中高年になるにつれて突然死が減少し、収縮不全による心不全や心房細動による脳塞栓症による死亡が増加する。 心房細動を合併すると脳塞栓のリスクが著しく上昇する。また、心房細動が心不全や心室性不整脈の引き金となるためにハイリスクである。
■突然死の危険性が高い群とは■

 突然死は自覚症状の重症度と関係なく起こりうる。たとえ今まで無症状の肥大型心筋症でも突然死の可能性がある。特に30歳以下の若年者は注意が必要である。肥大型心筋症の突然死は重症の心室性不整脈がおもな原因である可能性が高い。
  頻拍性心房細動や粗動、発作性上室性頻拍などの不整脈、運動による血圧の著しい下降も突然死の原因となる。この突然死が起こりやすい要因として、下の表にあげられた要因が考えられている。心エコー所見から突然死の危険性を予測することは困難であるとされている。30mmHg以上の圧較差も有意な予後予測因子であるが、突然死の陽性的中率は7%と低く、その意義は小さい。
  大人よりも子供で発症した肥大型心筋症の突然死のリスクは高く、子供の肥大型心筋症は約半数が10年内に死亡するので注意が必要である。これらの多くは生前は無症状で、肥大型心筋症と診断されていない。突然死の多くは必ずしも強い運動ではなく、安静時や軽度の運動で起きている。
  肥大型心筋症は若年運動競技者の突然死の最も多い原因である。Martonらの報告では突然死したスポーツ競技者158例の内、心臓や血管の異常により死亡した134例の平均年齢は17歳(12-40歳)で、そのうち48例(36%)は肥大型心筋症であったという。このうち、生前のメディカルチェックで心血管系の異常を指摘されていたのは、わずか4例(3%)のみであったという。

突然死の主要な危険因子
1
心臓停止や心室細動の既往(生還者)
2
若年者の突然死の家族歴
3
危険度の高い遺伝子変異
4
心室頻拍
5
小児期から生じている症状(若年からの発症例)
6
非常に肥大の強い症例(20mm以上)。特に最大壁厚35mm以上の顕著な肥大は予後不良。
7
労作時に生じる低血圧
8
失神歴
9
心筋虚血
10
左室流出路狭窄
 実際は表の危険因子のない突然死例も多く、突然死の予測をすることは容易ではない。

1〜7をすべて満たせば、肥大型心筋症の突然死の危険性少なくなる。
1
無症状または症状が軽い。
2
肥大型心筋症による若年突然死の家族歴がない。
3
ホルター心電図記録中に非持続性心室頻拍がない。
4
著明な流出路狭窄がない。
5
20mm以上の著明な肥大がない。
6
著明な左房拡大がない。
7
運動中に異常な血圧反応がない。

【治療方法】

 2004年の時点では根本的な治療方法はない。肥大型心筋症は肥大の程度や分布や機能的な状況がひとりひとりで異なり、無症状から突然死の危険性のあるものまでさまざまである。そこで個々の患者さんで検討した症状に応じた治療法が主体となる。心筋虚血の有無、拡張機能の障害の程度、不整脈、失神の既往、突然死の家族歴の有無などを参考にする。心不全のコントロール、流出路狭窄の緩和治療、不整脈治療、突然死の可能性が高い場合はその予防を考慮して治療方法を選ぶ。肥大型心筋症は長期にわたる専門医による経過観察、治療が必要なのである。

【生活上の注意】

●脱水状態になると心臓が小さくなり、左室流出路狭窄は高度となりやすい。閉塞性肥大型心筋症では脱水状態にならないようにする。
●激しい運動は脱水とともに左室の収縮力を高めるので、 左室流出路狭窄が高度となりやすい。 危険性の高いと考えられる場合は強い運動を禁止する。
●過度のアルコール摂取は、脱水状態や不整脈の誘因となるので制限する。
●感染性心内膜炎なりやすいので、歯科治療する際には予防のために抗生剤を投与する。

【薬物治療】

 診断技術の進歩、特に心エコー検査の普及により、肥大型心筋症と診断される人は増えた。しかし、その多くは無症状で、予後も悪くない。このような無症状の患者を治療する必要があるのかどうか、はっきりとした結論はでていない。しかし、無症状であって高度の心室肥大(20mm以上)や若年者で左室流出路に高度の圧較差を生じている場合、突然死の家族歴がある場合などは、治療を行ったほうがよいと考えられる。また、心房細動を合併した肥大型心筋症患者は脳梗塞の危険性が高く、抗凝固療法が必要である
  代表的な治療薬を紹介するが、これらはあくまでも現在考えられる選択枝である。これらの治療でも肥大をなくし、正常な心臓に戻したり、肥大の進行を止める効果はないと考えられる。将来はもっと効果的な治療法ができるまでのつなぎと考えてよい。

●β遮断薬
 心臓の収縮力を弱める。症状を有する閉塞性肥大型心筋症では、まずβ遮断薬の使用を考える。これによって、左室流出路の圧較差の減少が期待できる。

●ベラパミルやジルチアゼムなどのカルシウム拮抗剤
 β遮断薬で閉塞性肥大型心筋症の症状の軽減しなければ、同様に心臓の収縮力を低下させる別の薬を追加したり、単独で使ったりする。また、非閉塞型心筋症で左室の拡張機能をよくする目的で使われる。ただし、同じカルシウム拮抗剤でも、心臓の収縮力低下作用が弱く、末梢血管拡張作用の強いニフェジピンなどは返って、圧較差を大きくする可能性があるので注意がいる。

●ジソピラミド、シベンゾリン
 これらの薬剤は本来なら不整脈治療剤として使用するが、心筋の収縮力を低下させるので、左室流出路の圧較差を軽減でき、症状を緩和できる。口渇や排尿障害、不整脈惹起などの副作用のために、β遮断薬と少量のみ併用するのがよいという意見がある。

●利尿剤
 拡張相肥大型心筋症では、心不全に対して心不全の標準的な治療が行われる。利尿剤、ACE阻害薬、アンギオテンシンII受容体拮抗薬、ジギタリスなど。
●アミオダロン
 非持続性心室頻拍に使われる。さらに重症では薬物療法ではなく、ICD(植え込み型除細動器)を考慮する。

【突然死の予防】

肥大型心筋症全体では年間1%くらいという。前兆はないか、些細なことが多く、予測困難。
●運動制限
 突然死を予防するために、激しい運動はしないようにする。特に若年者、運動時に血圧上昇が少なく、運動終了後に再上昇する例、運動時に心電図ST下降、QRS幅、QTc時間の延長例では厳重な運動制限を勧める。しかし、軽い運動や安静時に突然死した例も多く、運動制限で突然死の予防ができたとの報告はない。
●薬物療法
 ベラパミル、β遮断薬などは左室拡張能の改善効果がある。しかし、突然死の予防効果は証明されていない。頻拍性心房細動は突然死の危険性があるためアミオダロンなどで、不整脈を予防する必要がある。また、肥大型心筋症に心房細動が合併すると脳塞栓が高頻度に起こるので、抗凝固療法が必要である。