■拡張型心筋症の解説■ 

公開日2004.09.6 更新日2004.09.06  TOPへ  拡張型心筋症の症例をみる   左メニューを隠す

参考書
●1)目で見る循環器病シリーズ14 心筋症 廣済堂2000.11.1発行 松森 昭編集 (京都大学院医学研究科循環器病態助教授)
●2)Heart Disease : A Textbook of Cardiovascular Medicine 6th Edition : Braunwald
●3)β遮断薬の効果:北海道大学医学研究科循環病態内科講師 岡本 洋  medical tribune2003.02.27より
●4)http://azneyland.cool.ne.jp/azdiary/hos/a1.htm  AZNEYLAND 拡張型心筋症について
●5)心筋症を知る 心臓病診療プラクティス 文光堂1996.12.23発行 松崎益徳 編(山口大学医学部教授)
●6)今日の診療Vol.13 CD-ROM (C)2003 IGAKU-SHOIN Tokyo
●7)http://www.nanbyou.or.jp/sikkan/075.htm 難病情報センター

【心筋症とは】
 従来、「心筋症」は「原因不明の心筋疾患」とされ、「特発性心筋症」 と呼ばれていた。しかし、近年は病因遺伝子の解明研究が進み、もはや「原因不明」という定義はふさわしくなくなった。1995年のWHO/ISFC合同委員会の新しい定義では、「心機能障害を伴う心筋疾患」と定義し直されている。つまり、原因不明では なく、複数の原因によっておこる心筋障害の集合である 。
  類義語として「特定心筋症(または特定心筋疾患)」 がある。これは従 来「二次性心筋症」と呼ばれていた。「原因または全身疾患との関連が明らかな心筋疾患」として「心筋症」から区別されている。 心筋症は次の5つに分類されているが、大部分は肥大型心筋症と拡張型心筋症であり、残りはまれな病気である。
特定心筋症
  ○虚血性、○弁膜性、○高血圧性、○炎症性、○代謝性、○全身性(膠原病、サルコイドーシスなど)、○筋ジストロフィー○神経・筋疾患、○過敏症・中毒(アルコール、薬物、放射線、カテコラミン)、○周産期心筋症


【拡張型心筋症とは】

 拡張型心筋症(DCM:dilated cardiomyopathy)は左室あるいは左右の両心室の心筋収縮の低下とその内腔の拡大を特徴とする心筋の病気である。左室だけの 場合と左右の両心室がともに障害される場合がある。症状は、通常心不全に基づく症状や所見があり、しばしば進行性である。不整脈、血栓塞栓症、突然死の合併が高頻度にみられる。長期的には予後の悪い病気である。

【早期拡張型心筋症】
 左室内腔は軽度拡大または正常だが、左室収縮能の低下がある症例が拡張型心筋症の家族検診や健康診断などで見つかる。早期の拡張型心筋症と考えられている。早期拡張型心筋症は、通常、薬物療法によく反応する。しかし、一部にきわめて予後不良の症例群がある。これらは拡張型心筋症の一亜型と考えられているが、通常の早期拡張型心筋症との区別する必要がある。左室拡大が軽微であっても明らかな左室収縮能の低下がみられる症例は、注意深く経過観察する必要がある。

【病因】

 特発性、家族性(遺伝性)、ウイルス感染症、遺伝的素因、免疫異常、全身性疾患、代謝性疾患、高血圧・アルコール・薬剤・妊娠・中毒など複数の病因が考えられている。本症の病理所見(組織の顕微鏡所見のこと)は非特異的である。
 肥大型心筋症と異なり、家族性発症の頻度は高くなく。遺伝的な要素は少ないと 考えられている。家族性拡張型心筋症は米国で20%、日本で25%と報告されている。家族性拡張型心筋症の約10-25%が メンデルの方式に従うが、残りの大部分は家族歴がないか、家族性でもメンデルの方式に従わない孤発性である。遺伝性の場合、遺伝形式は常染色体優性遺伝が多いが、 常染色体劣性遺伝や伴性遺伝もある。常染色体優性遺伝の家系ではしばしば房室ブロックや洞機能不全症候群等の伝導障害も見られる。
 遺伝的素因以外で重要と考えられている病因の一つがウイルス性心筋炎である。 日本の急性心筋炎274例を約3年観察した調査によると47.8%が完全治癒、12.4%が死 亡、2.6%が再燃又は再発、37.2%が不完全治癒するとの報告がある。不完全治癒の中には拡張型心筋症に似た病態を示すものがあったという。しかし、この拡張型心筋症様の所見を呈する症例は割合は多くない。

【疫学】

■有病率■
 拡張型心筋症の患者は心不全症状が高率にみられるので、医療機関を受診してい る割合が多いと考えられている。2000年秋田市とその近郊の医療 機関のカルテより秋田市の全人口を対象とした調査では、10万人あたり12.5人であった(鬼平、三浦ら)。1999年の厚生省の病院を受診した患者の調査では全国推計17,700人であり、 10万人あたり14人であった。男女比は2.6:1と男に多かった。
 しかし、無症状の人もいるために、実際の頻度はこれより多いと考えられる。 1989年黒田らは循環器住民健診2673人全員に心エコー検査を行い、10万人当たり 150人ともっとも高い頻度を報告している。しかし、いずれをとっても肥大型心筋症よりは頻度は低い。

■年齢・性別■
 40-50歳代に多い。中高年では男性に多い。

■自然歴・予後■ 
 拡張型心筋症は徐々に心機能が低下し、心不全に進行していく。少し古い我が国の統計では、拡張型心筋症と診断されてから5年生存した人は53%、10年生存した人は22%であった。しかし、薬物治療の進歩により、最近の5年生存率は80%以上に改善している。死因としては、心不全と不整脈がある。また、心臓の腔内に血の塊り(血栓)ができて、それがはがれて血流に乗って脳の血管につまって脳梗塞になったりする。

【症状】

 心不全、不整脈、血栓塞栓による症状がおこる。
○ 心不全症状
  息切れ、動悸、呼吸困難、安静時や労作時の疲労感、起座呼吸、発作性夜間呼吸困難、咳嗽、血痰、下肢の浮腫、肝腫大による圧迫感、食欲低下、体重の増加など。高度の心不全状態が長いと栄養状態が悪化し、肝機能異常や黄疸、出血傾向がでることがある。一般に心臓悪液質と呼ばれる。
○ 不整脈症状
  動悸、脈拍が飛ぶ、胸部不快、重篤な不整脈では失神、突然死がある。
○ 血栓塞栓症状
 脳梗塞、肺梗塞、腎梗塞などによる症状がでる。

【診断と検査】

 心エコー検査を主体に、画像診断により左室内腔の拡張と心筋の収縮期の動きの低下を確認する。さらに冠動脈病変や弁異常の有無を調べ、2次的な心筋障害を除外する。ただし、冠動脈疾患や弁膜症があっても、心拡大や心機能障害を説明できない程度であれば、拡張型心筋症と合併していると考えた方がよい。また、筋・神経疾患や代謝性あるいは内分泌性など全身性疾患に伴う心筋症でないことを確認しておく必要がある。合併する不整脈、血栓塞栓症などの診断も治療上重要である。

【1】心電図検査所見
  特異的な心電図所見はない。ST異常、左室側高電位、左脚ブロック、QRS幅の延長、心室内伝導障害、異常Q波、肢誘導低電位などを認める。心室性不整脈や心房細 動などの各種不整脈を認めることが多い。重症な不整脈では心室性頻拍もある。

【2】心エコー・ドプラ検査所見
 心エコー検査は、拡張型心筋症の診断に最も有用な検査法である。左室腔の拡大と左室心筋のび慢性の収縮低下を特徴とする。軽度の左房拡大と乳頭筋不全による僧帽弁逆流を認めることが多い。左室の形態の特徴は他の心筋疾患との鑑別に役立つ。 例えば、肥大型心筋症の拡張相や高血圧性心臓病では、心室壁の肥厚があることが参考となる。

【3】胸部レントゲン検査
  拡張型心筋症に特徴的な所見はない。種々の程度の心拡大を認めることが多い。

【4】心臓カテーテル・冠動脈造影検査・心筋生検
・冠動脈造影で、び慢性の収縮不全の原因となる冠動脈病変がないことを確認することが大事である。
・心拍出量の低下と左室拡張末期圧の上昇がある。
・ 左室造影では心拡大と壁運動のびまん性低下が認められる。
・心筋生検では心筋細胞の変性、脱落、線維化が確認される。炎症細胞の 出現はなく、心筋炎との鑑別に役立つ。

【遺伝子解析】
  一部の研究施設でのみ行われている。ミトコンドリアDNA、心筋βミオシン重鎖遺伝子、ジストロフィー遺伝子の異常では、拡張型心筋症の病態を示すことがある。

【血中BNP】
 心不全の重症度を定量的に把握することができる。治療効果の判定にも使える。

【合併症】

●突然死、心室性頻拍
 突然死の原因の多くは、心室性頻拍などの不整脈と考えられている。これに対してはアミオダロンがよく使われる。より重症では薬物ではなく、ICD(植え込み型除細動器)を考慮する。
●心房細動・脳塞栓症
 心房細動を合併した拡張型心筋症は、心房細動単独の患者さんよりもずっと高頻度に脳塞栓(心臓内でできた血の塊が流れ飛んで、脳の血管に詰まることにより生じた脳梗塞)を起こしやすい。ワーファリン治療が勧められる。
●心不全 心不全の症例をみる
 拡張能の低下、拡張相における収縮力の低下、僧帽弁閉鎖不全の合併などにより、心不全になることがある。心不全の対症療法を行う。

【自然経過、予後と転帰】

 拡張型心筋症は慢性進行性のことが多く、長期的な予後は不良である。症状が少ないときから心不全の予防的治療を行うほうが経過がよいと考えられる。心不全症状が出現すると、薬物治療とともに入院、運動制限、塩分制限などを行なう。一部の患者さんでは完全社会復帰が可能となるほどの回復がみられるが、薬物療法は続けなければならない。この病気は重い不整脈を合併することが多く、植込型除細動器が必要となる重症の不整脈を合併することがある。薬物治療による心不全の治療がうまくいかなくなった末期の拡張型心筋症では、心臓移植が究極的な治療となるが、現在の日本での移植体制は未熟である。わが国における心移植適応例の90%以上はこの病気である。

■予後不良群とは■

●左心室拡大が高度なほど予後が悪い。左室駆出率が低いほど予後が悪い。
●運動時の呼気ガス分析で、最大酸素消費量が10〜12ml/分/kg(ほぼ3Mets)以下では予後が悪い。
●心室性頻拍などの危険な不整脈があると予後が悪い。
●心不全の重症度を反映する検査BNPが高いほど予後が悪い。
●β遮断薬を使用していないと予後が悪い。

【治療方法】

  うっ血性心不全のならびに、致命的不整脈の予防・治 療が中心である。早期よりACE阻害剤やβ遮断薬を投与するのがよい。手術療法では左室の縫縮術(バチスタ手術)などがある。不整脈に対しては、薬物療法およ び埋め込み型除細動器、カテーテルアブレーション法がある。これらの治療では奏効しない場合、心臓移植が適用になる。拡張型心筋症の場合、国立循環器病センター、大阪大学で移植する場合に限って 健康保険が使えるようになっている。

【生活上の注意】

●心臓の負担を減らすように、肥満があれば減量する。
●心不全予防のために、高血圧がなくとも減塩食とする。
●激しい運動は禁止とするが、医師の認める範囲内での運動は行う。特に、第二の 心臓と呼ばれる下肢の筋力低下が起こらないようにする。
●アルコール摂取や睡眠不足は、強い不整脈の誘因となるので制限する。

【薬物治療】

 心不全に対しては薬物療法を行うが、注意しないと副作用の起こる可能性が高いので、内服については循環器専門の医師の指導を十分に受けることが必要である。
●利尿剤
 浮腫や水分が貯留する人では利尿薬を使う。利尿剤では、高尿酸血症、低カリウム血症が高頻度に生じるので、利尿剤の開始直後は検査をしておく。
●β遮断薬
 使用によりむしろ心不全の悪化を起こす可能性があるが、心機能が著明に改善することも少なくない。突然死の減少効果も強い。使い方には十分な注意と熟練が必要である。ただし、使用は循環器専門医に任せたほうがよい。初期量を少なくし、1〜3か月をかけてゆっくり増量する。
● ACE阻害薬、ARB
 血管拡張作用によって、心臓の仕事量を減らす働きがあるが、それ以上に過剰に亢進したレニン-アルドステロン系(ホルモンの一種)の抑制が重要と考えられている。β遮断薬に比べて、安全性が高いが効果は落ちる。利尿剤使用中の患者に、 ACE阻害薬またはARBを追加すると急激な過度の低血圧が生じることが多いので、できるだけ少量のACE阻害薬またはARBから開始する。
※β遮断薬+ACE阻害薬+ARBのすべてを使うと予後はむしろ悪くなると言われている。β遮断薬+ACE阻害薬、β遮断薬+ARBの併用は単独よりもややよい結果と報告されている。
● 抗アルドステロン剤
 レニン-アルドステロン系の抑制により、心不全の予後を改善する。現在の抗アルドステロン剤(商品名アルダクトンAなど)は女性化乳房の頻度が高いので、しばしば持続服薬ができなくなるという欠点がある。
● ジギタリス剤等の強心剤
 従来から心不全治療に使われてきた。しかし、予後の改善は期待できない。また、徐脈になりやすいので、β遮断薬との併用は少量から開始する。ジギタリス剤以外の強心剤も予後の改善は期待できないが、心不全症状を軽減する働きはある。
●抗不整脈剤
  アミオダロン、ピモベンダンなども有効だが、重症には植え込み型除細動器を使う。

【β遮断薬によく反応する人とは 】
β遮断薬に対する効果 北海道大学医学研究科循環病態内科講師 岡本 洋 medical tribune2003.02.27より
good responder 50〜70%
poor responder 20〜30%
bad responder 10〜20%
1)頻拍傾向の方が反応良好(Bennet et al.:Circulation、1993;88:552)
2)心筋生検で心筋繊維化が軽度なほうが反応良好(Yamada et al.:J Am Coll Cardiol、1993;21:628)
3)虚血性心疾患による心不全は、反応が悪い(Bristow et al.:Circulation、 1994;89:1632)
4)投与前の心機能で収縮期圧、左室拡張末期圧(LVEDP)が高いほうが反応良好 (Eichhorn et al.: J Am Coll Cardiol,1995;25:154)
5) MIBGの心筋集積変化率が良好な症例のほうが反応良好(Suwa et al.:Am Heart J、1997;133:353)
6)強心薬に反応 (ドブタミン負荷エコーなど)するほうが反応良好(Naqvi et al.:J Am Coll Cardiol 1999;34:1537)
7)エネルギー効率がよいほうが反応良好(Lowes et al.;N Engl J Med 2002;346:1357)
   medical tribune2003.02.27より
しかし、長期的にβ遮断薬に対する効果を予測することは困難との報告がある。(日本内科学会雑誌vol93.9.2004.9.10,p11-20)


ACE阻害薬とβ遮断薬の併用で向上した日本の拡張型心筋症の死亡率

年代
登録患者数
平均観察期間
死亡数

ACE阻害薬又はβ遮断薬使用頻度

年間死亡率
(1)1974-1982

374例

40ヶ月

169例

3.6%

13.4%

(2)1983-1990

82例

47ヶ月

15例

35%

4.7%

(3)1991-2000

100例

84ヶ月

21例

73%

3.0%

治療薬の進歩で拡張型心筋症の生命予後が大きく改善した。
(1)はS57年度の厚生省特定疾患特発性心筋症調査研究斑の報告、(2)と(3)は北海道大学医学部循環病態内科での統計
http://ns.gik.gr.jp/~skj/pmd/pmd.php3より

 

手術適応


【1】バチスタ手術:心筋を一部切除して心拡大を除く手術。DCMにおける難治性心不全に適応される。心移植までのつなぎである。
【2】心移植:長期間、あるいは繰り返し入院を必要とする心不全で、β-遮断薬、ACE阻害薬では心不全症状分類NYHAIII,IV度から改善しない60歳未満のものが適応となる。