【レクチャールームNO.1】

  公開日2004.08.16 更新日2004.08.16  TOPへ 左メニューを隠す
このサイトは講演会で参考となった内容を紹介しています。

【NO.1】
 慢性心不全の病態と新しい治療戦略 
2004年4月山口県内科医会での特別講演

講師:松崎 益徳先生、 山口大学大学院医学研究科循環病態内科学教授  

 本解説は山口大学医学部の松崎益徳教授の講演会の原稿を元にしています。内容がよくまとめられおりで、とても参考となる講演でした。循環器専門医以外の一般内科や医師以外の医療従事者にも紹介したいと思います。しかし、かなり専門的な内容なので、理解するのが難しいと思います。そこで大変失礼とは思いましたが、本文を平易な内容に変更し、専門的な部分を簡略化させていただきました。それでも薬物療法の専門知識がない一般の人には難解です。また、できるだけ原文の趣旨を損なうことのないようにしたつもりですが、至らない点があることを予めお断りしておきます。 

病態理解の変遷

 慢性の心不全に対する考え方が、この20年の間に大きく変化した。従来より心不全は"心筋の収縮力が衰えて、身体の必要する血液量を十分に供給できなくなったために、運動能力の低下や肺うっ血、および末梢臓器に浮腫を生じた病的状態"であると考えられていた。その治療法も心臓の収縮力をよくして、心臓から拍出される血液量を増加させると同時に、心不全のおもな症状である全身の臓器のむくみ(浮腫)をとることが主な目的であった。
  この治療の考え方は、急性心筋梗塞のように、急に心不全になった患者の生命を守るためには、現在でも最も有効な治療法である。

 しかし、1980年代に入り、血液を送る側の心臓と血液を受ける側の末梢循環との相互関係から心不全をみて治療しようとする考え方が生まれた。急性の心不全や慢性の心不全の治療に、弱った心臓の負担を減らすために、いろいろな血管を拡張する薬剤が用いられるようになった。特に動脈も静脈も拡張する薬剤の内服療法によって、短期的にも長期的にも、心拍出量が増加し、静脈うっ滞が減少するなど、血行動態が著明に改善した。それに伴い息切れや浮腫などの心不全症状も軽くなった。

  以前より、心臓が弱り心臓から出る血液量が低下すると元に戻そうとする機構(身体の恒常性を維持する作用:ホメオスターシス)として、交感神経系が亢進することが知られていた。この過剰に亢進した交感神経系因子が心不全を悪化させることが近年わかってきた。
  交感神経系以外にも多数のホルモン作用物質が心不全に関係していることがわかってきた。心不全になると、レニン・アンギオテンシン・アルドステロン(RAA)、アルギニン・バソプレッシン、エンドセリン、ニューロペプチドYなどの血管収縮因子、他に心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)やその関連物質、内皮因子(EDRF、NO)、アドレノメデュリンなどの血管拡張因子の活性も亢進する。心不全はそれらが複雑に関連した一つの症候群であるとする考え方が生まれてきた。

大規模な臨床研究の結果に基づく治療法(EBM)

 心不全の時に生じる血管を収縮させる数々の因子の過剰な亢進を抑制すると、血行動態の改善するだけでなく、心臓の肥大や拡大をなくし、さらには死亡率を低下させることが証明された。それらを治療に生かすことにより、心不全の治療法が大きく様変わりした。
  現在の慢性心不全治療の大きな目標は
1)神経体液因子の是正、2)心肥大・拡大の抑制、3)致死的不整脈の抑制
   による死亡率低下と生活の質の改善
であると言っても過言ではない。

 個々の心不全治療薬の今日における評価を以下で解説する。

【1】ジギタリス剤
 ジギタリス剤は200年以上前から心不全治療薬として用いられてきた。1997年、正常洞調律の慢性心不全患者を対象に行われた大規模試験(Digitalis Investigation Group:DIG)では利尿薬、ACE阻害薬との併用で、総死亡率には偽群との差はみられなかったが、入院や心不全悪化による死亡・入院が有意に減少した。心房細動例だけでなく、洞調律患者でもその有効性が確立された。

【2】RAA系抑制作用薬(ACE阻害薬、ARB、抗アルドステロン薬)
 ACE阻害薬は動静脈拡張作用による血行動態の改善が慢性心不全治療における主作用と最初は考えられた。しかし、次第にRAA系の抑制作用が心不全の治療に大きく貢献していることがわかってきた。ACE阻害薬の長期投与により、慢性心不全患者の死亡率を低下できることが証明された(SAVE、SOLVD、V-HeFTII、CONSEN-SUSなど)。
  また、抗アルドステロン薬によっても、重症心不全患者の死亡率を低下できることが報告された(Randomized Aldactone Evaluation Study: RALES)。なお、ARB剤とACE阻害薬の慢性心不全治療の効果については、現在のところ同等であると報告されている。
 最近、すでに薬物(ACE阻害薬を含む)によって加療されている中等症以上の慢性心不全患者を対象にARBの上乗せ効果をみた大規模臨床試験が行われた(Val-HeFT)。約2年間の観察の結果、総死亡率では両群間で有意差は見られなかったが、総死亡率と心不全の悪化による入院を合わせた総合的評価で、偽薬群に比べて、ARB群(valsartan)で有意な減少(13.2%減少,p=0.009)が認められた。
 ARB(valsartan)の効果が最も顕著であったのは、ACE阻害薬、β受容体遮断薬とも投与されていない患者であった。ACE阻害薬(+)かつβ受容体遮断薬(-)群、逆のACE阻害薬(-)かつβ受容体遮断薬(+)群でもARB(valsartan)の上乗せ効果がある傾向がみられた。逆に、ACE阻害薬とβ受容体遮断薬の両剤が投与されている患者では、有用性が認められなかった。
  なぜACE阻害薬(+)、β受容体遮断薬(+)の患者群で、ARB(valsartan)の上乗せで良くない結果となったかの理由は明らかではない。慢性心不全患者の治療において、異常に亢進した神経体液因子であっても、その多くを同時に強力に抑制することが返って良くない可能性がある。

【3】β受容体遮断薬
 1975年の以前の慢性心不全治療の多くは、「如何に心拍量を増すか」、また「如何にうっ血を軽減させるか」に向けられていた。ところが1975年、これらとは全く逆の心不全治療法となる「慢性心不全患者治療におけるβ受容体遮断薬の有効性」が初めて報告された。その治療法はすぐに普及するには至らなかったが、現在ではその有効性は確立された。しかし、なぜβ受容体遮断薬が有用なのか、未だ明らかな機序は解明されていない。
 最近、日本で初めて、中等度の慢性心不全患者を対象にして、β受容体遮断薬(carvedilol:商品名アーチスト)の有効性をみる臨床試験が施行された。その結果、偽薬投与群に比べて、心不全の悪化および悪化による入院の頻度(危険率)が約90%も減少した。β受容体遮断薬としてcarvedilolが本邦で初めて心不全治療薬として保険適用された。ただし、使用する場合にはごく少量(carvedilol 1.25mg、1日2回投与)から始め、心不全治療に熟練した医師の注意深い観察のもとで増量しなければならない。

【4】Ca拮抗薬
 多くのCa拮抗薬の心不全に対する臨床試験では、好ましい結果は得られていない。amlodipine(商品名アムロジン、ノルバスク)は非虚血性心不全患者だけを対象としたPRAISEIIでは偽薬との間に総死亡率、心事故発症率に差異がなかった。diltiazem(商品名:ヘルベッサー他)では比較的軽症心不全例では心事故発症率の低下をみたが、肺うっ血のある重症例では心事故を増加した(MDPIT)。いずれにしてもCa拮抗薬だけでは慢性心不全患者を治療することは困難であり、他剤との併用または心不全患者で血圧のコントロールを必要とする例にCa拮抗薬を使用する。

【5】経口強心薬
  PDE阻害薬をはじめ、多くの経口強心薬が開発されたが、慢性心不全患者を対象とした大規模試験で明らかな死亡率低減効果が認められた薬剤はない。しかし、慢性心不全患者のもつ一つの治療目的であるQOLの改善には、経口強心薬が有効であったという報告もみられる。
  最近、日本で中等度の慢性心不全患者を対象としたpimobendan(商品名:アカルディ)の長期投与試験が行われ、1年間の投与群では偽薬群に比し、死亡率、心不全の悪化による入院、生活活動能力を合わせた評価で有意な改善が認められた。また、約1年間のfollow-up期間においても、pimobendan投与群では非投与群に比し、死亡率、心不全悪化による入院の有意な減少が認められた。しかし、経口強心薬の投与は生命に関わるような重篤な不整脈を引き起こす副作用もあり、その投与には常に細心の注意をはらい、少量投与から行うことが望まれる。

【6】難治性不整脈の治療
 頻発する心室性期外収縮や非持続性心室頻拍も心臓突然死の危険因子となるが、このようなさほど生命の危険を引き起こすほどの重症ではない不整脈を抗不整脈薬で治療する行為は、かえって死亡率を増加させることが知られている。現在、β遮断薬とアミオダロンで死亡率低減効果が報告されているが、その使用には注意を要する。
  持続性心室頻拍や心室細動などの生命に関わる重篤な不整脈にもβ遮断薬、アミオダロンの有効性が報告されているが死亡率低減効果は未だ証明されていない。
  現在、抗不整脈薬の選択には、Sicilian Gambitに基づく治療ガイドラインが推奨されている。非薬物治療としては、カテーテルアブレーションによる不整脈発生部位やリエントリー回路の除去も試みられるが、虚血性心疾患や特発性心筋症例での有効性は低い。心室細動や重篤な血行動態の悪化を呈する持続性心室性頻拍の既往例では、植え込み型除細動器の適応となる。

【7】新しい心不全治療薬の開発
 心不全時に活性化したエンドセリンの拮抗薬、内服可能なBNP製剤、ANP分解酵素阻害薬、バソプレッシン受容体拮抗薬などが開発されている。また、最近、不全心筋でのCa++過負荷の原因として心筋細胞内節小胞体のリアナジン受容体(RyR)からのCa++リークが証明され、それを阻止する"リアナジン受容体安定化作用薬"の開発も進められている。